突然のさようなら

 

「暇っっ!!」
 
 
椿華のそんな一言で、それは始まった・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ポカポカとした穏やかな昼下がり。
ひかるたちは珍しくも城の外の森にいた。
 
もちろん脱走したわけではない。
逆に魁雫が守護星になって脱走数が激変したほどだし、第一ひかるは部屋からは脱走しても城から脱走したことは一度もなかった。
この状況はひかるの脱走が原因ではなく、今現在ひかるの横で鼻歌を歌っている椿華が原因だった。
 
 
 
最近この世界は未だ天は定まってはいないものの穏やかな日々を繰り返していた。
戦や国同士の小競り合いもなく、すべての国が比較的平和で穏やかな日々を送っているのだ。
 
それは良い。
戦争なんて無縁だった現代で育ったひかるにとってはとても喜ばしいことだ。
しかしそんな日常で待っているものといえば、どこまでいってもなくならない書簡の山か勉強の山。
そして現代と違って“遊び”というものが少ない刺激のない日々。
 
ほんの二、三日ならばそれもいいだろう。
しかし、こうもずっと続くと気が萎えて仕方がない。
そしてついに椿華がキレ、今のこの状況ができたのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひかるたちが来ているのは城から少し離れた場所にある深い森の中。
一行メンバーはひかる、魁雫、椿華、夏珠、叢柴、汐燕、亮凍。
本当は後何人かの護衛兵たちが付かなくてはならないのだが、そういったものを煩わしいと感じてしまうメンバーが殆どであったため、少数の常識人の言葉虚しく護衛なしの遠出となった。
 
ちなみにお忘れの方が多いと思うが、亮凍はこの翆国の名医で夏珠の夫である青年だ。
椿華の恋人であり翆国の名軍師である鳳琉は執務とかで忙しく同行していない。
彼のその仕事量と今その山のような書簡に埋もれているという話を聞いてひかるは大いに哀れに思ったのはここだけの話だ。
 
 
この遠出の目的は“狩り”。
そういうこともあり誰もが徒歩ではなく馬に乗っていた。
しかしひかるや夏珠は一人で馬に乗れないため、夏珠は亮凍と、ひかるは魁雫と相乗りしてもらっていた。
 
 
 
「でも、よく叢柴様が許してくれたよね。椿華ちゃんが叢柴様に突撃していったのにも驚いたけど」
 
 
ひかるの反対隣にいる夏珠が笑みを浮かべてそんなことを言った。
馬の緩やかな歩みに揺れる黒髪が光を放ち、夏珠の周りを彩ってより一層ほんわかしたような和やかな雰囲気が彼女の周りを漂っている。
しかしそんな雰囲気を吹き飛ばすように椿華はふんっと小さく鼻を鳴らした。
 
「だって暇だったんだもの!夏珠は良いじゃない、亮凍のお手伝いみたいな感じなんだから。でも私はこれでも将軍って立場なのよ。やってもやっても書簡、書簡、書簡、書簡っ!!私はデスクワークは苦手だっていつも言ってるのにっっ!!!」
 
さも嫌そうに顔をしかめて声を上げる椿華に夏珠の後ろに乗っている亮凍が思わず苦笑をこぼす。
チラッと後ろを見れば、魁雫も苦笑を浮かべて椿華を見ていた。
それにひかるは大きく首をめぐらせて魁雫を振り返る。
 
「魁雫さんもずっと執務だったんですか?書簡の山?」
「・・・そう、ですね。一応“八龍”の位を頂いていますし、他の一般の将軍の方々よりは多いかと思います。しかし椿華殿よりかは少ないと思いますが・・・」
「どうして?」
「え、いえ、その・・・」
 
困ったような笑みを浮かべて黙り込む魁雫にひかるが不思議そうに首を傾げる。
それに椿華が肩をすくませて見せた。
 
「魁雫はすっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっごく謙虚なの。もうこっちが呆れちゃうほどね。だからあんまりあれこれ言ってもアレだし、ちょっと私たちとは違うのよ」
「いえ、そんな!私はただっ!それに別にそんな理由ではなく!!」
「別に悪く言ってるわけじゃないのよ、そんなに必死にならないでよ。ただそんな噂もあるってこと。私的にはもうちょっと自分に自信を持ったらいいのにとは思うけどね。実際、よくやってると思うし、頑張ってると思うしさ」
 
にっこり笑ってそう言う椿華に魁雫は未だ苦笑を浮かべながら、そっと小さく顔を俯かせた。
それにひかるが声をかけようとして、しかしそれは今までなかった声によって遮られる。
 
 
「な〜に偉そうに言ってるんだよ。随分と上から目線じゃないか、椿華。そんなこと言っていいのか〜」
 
そちらに目を向ければ汐燕が乗っている栗毛の馬を操ってこちらに近づいてきていた。
そのからかうような表情と声に椿華が小さく顔をしかめてみせる。
 
「何よ、良いじゃない。一応同僚な立場なんだし」
「一応な」
「・・・何が言いたいのよ」
「ふっ、この俺が知らないとでも思ってたのか?お前が・・・・・・鳳琉の山のような書簡の中に自分の書簡を一山ほど紛らせているという事実に!!」
「な、何で知ってんのよ!?」
「怠けた者が偉そうなこと言うんじゃないの!」
「あんたは私の母親かっ!!」
 
その汐燕の口調にすかさず椿華の鋭いツッコミが飛ぶ。
そんな風にじゃれ合っているにぎやかな中、しかしそれを一刀両断に切る鋭く冷たい声。
 
 
 
「・・・・・・ほう、そんなことをしていたのか・・・」
 
 
 
その声と同時にビシッと固まる椿華。
 
 
 
「・・・お前もそれを知っていて何故今まで報告しなかった?」
 
 
 
その言葉に続いて汐燕の身体がビシッと固まる。
そのままギギギッと錆付いたような動きで声のした方を振り返る二人は、その声の主を見止めた瞬間顔を青ざめさせた。
 
そこにいたのは黒馬に乗った叢柴。
 
蒼い鋭い双眸でギロッと二人を睨み下ろすのに、二人は冷や汗をだらだらと流しだした。
 
 
 
「えっと、その、あの・・・」
「これはだな、つまり・・・」
 
 
 
なんとか言い訳しようとして、しかしどもり過ぎてうまくいかない。
そんな二人には構わずゆっくりと近づいてくる叢柴の様子が、まるで二人へのカウントダウンのよう。
それは椿華と汐燕も感じているのだろう、何とか浮かばせている笑顔を引きつらせて、仕舞いには恐怖の色を全身に浮かばせる。
 
 
静かな森の中、二人の叫び声が暫く響き渡っていた。
 
 
 
**********
 
 
 
「・・・・・・だからあの王子さんは嫌いなのよ・・・」
 
ぐったりと自分が乗っていた白馬に凭れ掛かって座り椿華が力なくそんなことを言う。
それにひかると夏珠は顔を見合わせて苦笑を浮かばせた。
 
ここには椿華、夏珠、ひかるしかいない。
他のメンバーである男性人は狩りの真っ最中で森の奥へと行ってしまっていた。
 
狩りというのは弓矢で獲物を仕留めるもの。
 
故に弓矢に触ったことさえないひかるや夏珠はここまで付いて来たもののこうやってのんびりまったりお留守番なのだ。
ちなみに椿華は弓矢は扱えるのだが、今この状態なので狩りに参加できるはずもない。
本当は守護星である魁雫もここにいるはずだったのだが、椿華がいるからと椿華本人と汐燕、果ては守られる側のひかるにまで言われ、叢柴や汐燕と共に狩りに出かけていった。
 
 
 
「でも残念だったね、椿華ちゃん。あんなに大物獲るぞ〜って張り切ってたのに」
「・・・ん〜、別に良いよ。こんな風に女の子同士のんびりするのも久しぶりだし・・・。もう女官たちは身分がー!とか言って仲良くしてくんないし、同僚はむさっくるしい男ばっかだし・・・・・・」
「あ〜、そんなこと言って・・・女官さんたちに睨まれちゃうよ?」
「何で?」
 
不思議そうに小首を傾げるひかるに夏珠はまるで内緒話をするように片手を口の横に添えた。
 
「ほら、椿華ちゃんの同僚って言ったら“八龍”とか他の将軍さんだったりするの。みんなかっこよくて身分も高くって女官に大人気!もう憧れの的って感じなんだもん」
「ああ、芸能人みたいな感じ?」
「そうそう。普段から女官よりも将軍さんたちに近づけれて椿華ちゃん、あんまり女官さんに好かれてないのに。・・・そんなこと言ったらまた嫌われちゃうよ」
「・・・知らないわよ、そんなこと〜。何でみんなあんなのがいいのかしら?理解できないわ」
「そりゃあ椿華ちゃんには鳳琉さんがいるからそう思えるんだよ」
「・・・あんただって亮凍がいるじゃない」
「でもあたしは椿華ちゃんみたいにみんなのことそんな風に言わないもん!」
 
そう口でじゃれ合う二人にひかるは小さく笑い声をこぼした。
それでいてふとある疑問が思い浮かんでにやりと顔をゆがめる。
 
「そういえば二人はどういう風に鳳琉さんと亮凍さんとくっ付いたの〜?」
「うわっ、ひかるが食いついてきた!」
「え〜、だって聞きたいんだも〜ん」
 
わざとふざけた口調で言えば椿華と夏珠もおかしそうに笑い声を上げた。
やっぱり女の子の会話といえば恋ばなだよね〜と笑いあう。
それでいて椿華が口を開こうとして、しかしそれは不自然な形で止まった。
 
椿華の動きが一瞬とまり、それでいて次の瞬間には白馬に凭れ掛からせていた上体を勢いよく起き上がらせる。
それに驚くひかると夏珠には構わず、椿華は側に置いていた棍を手に取り立ち上がった。
深紅と黒、そして金に彩られたその棍は椿華専用の武器だ。
それを手馴れたように操り、鋭く構える。
 
 
「は、椿華・・・?」
「しっ、黙って・・・」
 
 
真剣な表情で周りを見回す椿華に、ひかるが不安そうに声をかけた。
しかしそれは椿華の押し殺した小さな声に止められる。
その緊迫した空気に夏珠は何かを感じ取ったのか、ゆっくりと立ち上がって未だ何が何か分からず座り込んでいるひかるを立たせた。
それでいて小さな声で椿華に声をかける。
 
「・・・椿華ちゃん、何人?」
「・・・・・・7、8人ってとこかな。こっちに気づいてるかどうかは微妙だけど・・・」
「・・・・・・気づかずに通り過ぎてくれると嬉しいんだけど」
「・・・多分、無理・・・」
「・・・・・・だろうね」
 
小声で会話する椿華と夏珠。
それを困惑下げに見つめるひかるに、それに気が付いて夏珠がひかるの耳元に顔を寄せてきた。
 
「ひかるちゃんも“山賊”っていう言葉は聞いたことあるよね?そういうやつらがこの世界にもいるんだよ」
「じゃ、じゃあ・・・」
「そう、多分、すぐ近くにいるんだと思う」
「や、やばいじゃない!」
「うん・・・。椿華ちゃん一人ならどうってことないんだけど、あたしとひかるちゃん、守る対象が二人もいるし・・・。椿華ちゃんでも厳しいかも・・・」
 
小声でそう言ってくる夏珠に、恐怖で背筋が凍りついていく。
それを感じ取ったのか、椿華は棍を構えながらチラッと目だけでこちらを振り返ってきた。
 
「もし危なかったら合図するから、そうしたら二人とも一気に走って逃げて。私ができるだけ足止めさせておくから、その間にあの男どもと合流して」
「で、でも・・・!」
「私なら大丈夫。伊達に将軍名乗ってないって」
 
そういって元気付けるように笑ったその時、目の前の茂みが大きな音をたてて揺れ動いた。
それと同時に現れる屈強な男たちに身体が恐怖に強張る。
 
薄汚れた服に、錆付いた大きな剣や斧。
 
それらを身にまとった男たちはこちらの存在に気が付くと胸が悪くなるような笑みを浮かべた。
 
 
 
「おい、こんなところに女がいるぞ」
「ほう、どれも上等の服着てらぁ」
「顔も悪くないな。こりゃあ高く売れるぜ」
 
口々にそう言う男たちに椿華の顔が嫌悪に顰められる。
一度大きく棍を振るって男たちの注意をこちらに向かせ、目だけでその数を数えた。
 
茂みから出てきたのは全部で8人。
他にどこかに隠れていなければ別だが、そんな気配も感じられないため恐らくこれで全員だろう。
 
 
棍を構えて自分たちの前に立ちはだかる椿華に、男たちは卑しい笑みを深めた。
それぞれ余裕の表情を浮かべながら腰にある獲物を取り出してくる。
 
 
「おいおい、そんなもので俺たちと渡り合うつもりか?」
「怪我する前に収めな。そうしたら優しくしてやるぜ」
 
 
ぎゃはははっと笑う男たちに自然と椿華の表情が顰められていく。
そのまま一歩大きく足を踏み出して一番前にいる男の顔面に思いっきり棍を叩き込んだ。
ドゴッという鈍い音が大きく響き、打たれた男が地面に崩折れる。
それに男たちの笑い声が一気におさまった。
力なく地面の上で呻く男を見下ろし、椿華はふんっと鼻を鳴らした。
 
 
「・・・そう言うことは私に勝ってから言うのね。口ばっかのごろつきが・・・いい気になってんじゃないわよ!」
「なんだとっ!!」
 
「文句があるならかかってきなさい!この“私”が相手よ!!」
 
 
わざと“私”という言葉を強調して椿華が声を上げる。
それにひかるや夏珠が止める前に椿華は勢いよく駆け出した。
棍を振るうに見せかけて、まず目の前の男の顔面に飛び蹴りをくらわす。
その勢いをもろに受けて後ろに倒れる男を超えて地面に着地し、振り向きざまに棍を横へと薙ぎ払った。
 
椿華の戦いは初めて城下に行った時に一度見たが、今の戦いはそれとはまったく違うものだった。
城下の時は得物も何もなく素手で戦っていたせいなのか、今の彼女の戦いはまるで流れるような、舞のような美しいものだった。
 
自分の作り出した勢いに逆らわず棍を振るい、相手の得物とかち合えば、争わずにすぐに棍を引き、違う方向から攻撃を仕掛ける。
力ではどうして男には劣るため、素早さでそれを補っているような戦い方だった。
 
 
 
 
 
2人3人と次々と倒していく椿華。
それに希望が見え始めたその時、相手も椿華の予想以上の強さに焦り始めたのか一人がこちらに近づいてきた。
それに気が付いて椿華が駆け寄ろうとするが、それは違う男に阻まれる。
 
 
巻き添えを恐れて離れて戦っていたけれど、こんなことなら二人の側で戦っていればよかった・・・。
 
 
そう心の中で歯軋りしながらも椿華はぶんっと棍を二人に近づく男に投げ飛ばした。
それによって丸腰になり、素手で何とか戦いながら鋭く叫ぶ。
 
 
 
「行って!早く!!」
 
 
 
それに今まで動かなかった夏珠が動いた。
恐怖で固まっているひかるの手を握り、勢いよく森の中へと走り出す。
それにひかるも続くようにして走り始めた。
 
 
 
「待ちやがれっ!」
 
「あんたたちの相手は私だって言ってんでしょうがっ!!」
 
 
 
 
 
背後で男たちと椿華の声、そしてバキッという拳を振るう音が響いてくる。
それでもそれには構わず二人は一度も振り返ることなく走り続けた。
 
ここまで自分が不甲斐なく悔しいと思ったことはない。
どんなに助けたくても、自分たちにはその力もないのだ。
今自分たちにできることは椿華の言うとおりに逃げることだけ。
そして叢柴たちと合流し、椿華を助けてくれるよう頼むことしかできない。
 
幸いなことに彼らが行った方向は分かっている。
彼らが急に方向転換していない限り、このまま走っていけばたどり着けるはずだ。
 
 
そう信じて走り続ける中、そろそろ胸が苦しく足が痛み出したその時、見覚えのある背中が見えて二人は思わず笑顔を浮かべた。
早く気づいてほしくて忙しなく繰り返させる呼吸を押しのけて声を出そうと口を大きく開ける。
 
その時、・・・−−−
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「叢柴さ・・・!」
 
「っ!伏せろっ!!」
 
 
 
 
 
「・・・・・・え・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
気配で気づいたのか、それとも音で気づいたのか・・・。
こちらを振り返ってくる見慣れた顔に、それと同時に見開かれた蒼い瞳。
 
叫ばれた言葉に反射的に止まる身体。
 
それと同時に後ろに引っ張られる感覚と塞がれる気道。
 
どこにとも分からぬまま感じる大きな衝撃と薄れゆく意識。
 
 
 
 
 
 
 
 
ひかるが最後に見たものは、驚愕の表情を浮かべる叢柴と夏珠。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、色を失う空・・・−−−

 

 

 

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