神子

 

騒がしい音が辺りに響き渡る。
 
大勢の人が走る音。
何かを言い合う音。
そして、金属の重なり合う音・・・ーーー。
 
多くの様々な音が周りに響き渡り、その音たちによってひかるは目を覚ました。
 
 
 
 
 
始めに感じたのは冷たく硬い木の感触。
ぼんやりとした目をゆるゆると開いて、そこでやっと自分が横たわっていることに気が付いた。
ゆっくりと両手を床について横たわっていた身体を上半身だけ起き上がらせる。
未だ頭の中を覆っている睡魔のを振り払うように少し頭を振り、改めて周りを見渡した。
 
 
そこは何処かの書庫のようだった。
 
といっても学校や公民館にあるようなものではなく、棚や壁全てが木で出来ており、辺りに散らばった本は紙の束を糸でまとめたような古風なものだった。
中には細い木の札を糸で繋ぎ合わせたような、巻物風な物さえある。
少なくともこんな図書館(あるいは本屋)などには一度も来たこともなければ見たこともなかった。
 
ならば何故、自分はこんなところに−−−それも横になって眠っていたのだろうか。
 
 
 
おもむろに近くに落ちていた本を何冊か手に取り中を見てみるが、漢詩か何かなのだろうか、漢字が連なっており、ひらがなもなければカタカナさえない。
全て漢字で構成されている。
それもレ点も一、二点もなく、読めない漢字もちらほらあって古典の成績がお世辞にもいいとはいえないひかるに読めるはずもなかった。
 
 
 
 
 
諦めてため息をつきながら本を置こうとしたその時、いきなり閉ざされていたドアが激しい音を立てた。
その激しい音に思わずびくっと大きく反応して身体を強張らせる。
外に人でもいるのか、誰かがドアを無理矢理蹴破るか何かしようとしているようだった。
その勢いは凄まじく、木で出来ているそのドアは外による力のせいでミシミシと音を立てて今にも破れてしまいそうだ。
 
何がなにやら分からぬまま大きな恐怖に襲われ、咄嗟に何処か逃げる場所か隠れる場所がないか周りを見渡す。
しかし、もちろん書庫にそんなところがあろうはずもなく、ついに破られたドアの向こう側から鎧を身につけた大勢の大柄な男たちが中に入ってきた。
 
 
「なっ・・・なにっ?!ちょ、ちょっと、離してよ!!」
 
武装した男たちに囲まれたかと思うと、男たちは一言二言会話するとそのまま腕を伸ばしてきてこちらの腕を掴んできた。
それに言いようのない恐怖を感じて大声を出して抵抗しようとしたが、その男たちの手に血塗られた剣が握られていることに気付き、咄嗟に悲鳴を飲み込んだ。
 
 
(な、何で何で!?何でこの人たち剣なんか持ってるの!!?それも、どうして血がついてんの!!?何で私を捕まえてんのよーーーっ!!)
 
 
心の中で叫びながらも、それを口にすることもましてや暴れることも出来ず、そのままその男たちに腕を引かれ外に連れ出された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ずっと薄暗い部屋の中にいたせいで、異様に外が眩しく感じられる。
ひかるは男たちに半場引きずられるようにして外へと出ながら、その眩しさに思わず目を細めて顔を顰めさせた。
それでも細めた目で周りを見回し、そこでひかるはまたもや混乱する羽目になった。
 
 
そこは深い森の中だった。
自分が今までいた場所は、やはり見覚えのまったくない古びた屋敷。
森の中にぽつんとあるその屋敷は、歴史の教科書などでよく見る中華風の建物だった。
 
そしてその屋敷を取り囲むようにして、鎧を着て剣を持った男たちが大勢佇んでいた。
だがそれで驚いたのでは決してない。
いや、もちろんそれにも驚いたのだが、驚いた理由はそれだけではなかった。
なんと、その男たちの傍らにはこれまた多くの立派な馬が堂々と佇んでいたのだ。
 
 
(何ですか、映画か何かの撮影ですか・・・。でも、じゃあカメラさんとか監督さんとかは何処にいるのよ!!それに・・・−−−)
 
 
周りにいる人たちを訝しげに見つめる。
 
 
カメラや監督が見当たらないのも不自然だが、周りにいる人たちの格好はもっと不自然だった。
 
彼らの格好は昔の中国の鎧姿のようなもの。
それも髪を巾で覆うように結んでいる人も何人かいて、とても昔なのだと伺える。
 
日本人の監督がわざわざ中国の、それも大昔の映画(もしくはドラマ)を撮るだろうか。
それとも自分はいつの間にか外国にでも来てしまったのだろうか。
そうふと思って周りの音に耳を傾けてみるものの、男たちの口から発せられる音は間違いなく日本語だった。
今も尚、逃がさないようにか強く掴まれている腕が痛みを訴えいているためこれが夢であるという唯一の逃げ道までもがひかるにはなかった。
 
 
 
混乱のあまり頭がぐるぐるしている中、両脇に体格のいい屈強な男たちを引き連れた一人の青年が近づいてきた。
その青年の姿にまたもや驚きで目を見開かせる。
 
目の前にいる青年は年齢で言うと20代前半くらい。
背に流れる蒼く長い髪は首の後ろで一つ括られ、髪の色よりも幾らか深い蒼い切れ長の瞳はただ静かにこちらを見つめていた。
その身に纏う鎧や服は周りの人たちと同じような昔の中国風の服装だったが、その鮮やかな青を中心とした色合いと雰囲気から他のものよりも上等なものだと分かる。
きっとこの中で最も位が高い人物なのだろう。
 
 
自分の姿を映すその蒼い瞳を見返しながら内心冷静に青年を分析している自分にひかるは驚いた。
 
今、自分がどういう状況に陥っているのか分からなくて怖い。
ここが何処で、この人たちが何者なのか分からなくて怖い。
今から自分がどうなってしまうのか分からなくて怖い。
それでも、分かることが一つだけあった。
目の前にいるこの人は−−−悪い人じゃない。
 
何故かそうはっきりと感じられて、無意識に真っ直ぐ自分に向けられる蒼い瞳を見つめ返していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どのくらい時間が経ったのか・・・−−−
 
暫く見詰め合っていた視線は相手の瞳が逸れたことで断ち切られ、蒼い影は傍らに控えるこれまた年若い紅い髪の青年に一言二言何か言うとそのままどこかへ去っていってしまった。
それに続いて、この場に控えていた大勢の男たちが次々と出発の準備を始めだす。
 
何がなにやら分からず戸惑っていると、先ほど蒼い髪の青年と何事かを話していた紅い髪の青年がゆっくりと近づいてきた。
 
 
「ご苦労だったな、この娘は俺が預かる。お前たちは他の者と共に出発の準備を頼む」
「はっ!」
 
紅髪の青年に促され、ひかるを捕らえていた男たちは一礼すると足早に他の者たちのところへ行ってしまった。
それを呆然と見つめていると、不意に紅髪の青年がにっこりと微笑み手を差し伸べてくる。
 
「怖い思いさせてしまってすまなかったな。もう大丈夫だから一緒においで」
 
 
その微笑みに誘われるように、気がついた時にはその青年の差し伸べた手を取っていた。
そのまま引っ張られるように馬のところまで歩き、目の前に佇む見事な白馬に心奪われている間にその青年によって抱き上げられていた。
両脇の下に手を差し込まれ、そのままぐいっと持ち上げられる。
 
 
「うわっっ!!」
 
「ほら、そのままその馬に跨って」
 
 
言われるままに抱き上げられたことで真下に移動した馬の背に跨ると、青年も続いてひかるの後ろに跨った。
そのまま手綱を取り、馬の脇腹を軽く蹴って進ませる。
 
 
「ちょ、ちょっと待って!何処に行くの!?」
「え?ああ、すまない。まだ何も説明してなかったな。悪いけどまだ暫く大人しく待っててくれないか?後でちゃんと説明するから」
 
 
文句を言おうとしたが本当にすまなさそうに話すその青年の様子を見て、何も言えなくなってしまった。
後ろを振り返ればそこには先ほどまで自分がいた木々に囲まれた見知らぬ屋敷。
ひかるは馬に揺られながら、今この身に起こったこと、そしてこれから起こるであろう未来を考え不安に心が揺れるのを感じていた。
 
 
 
**********
 
 
 
「ほら、大丈夫だからおいで」
 
 
紅髪の青年に促され、ひかるは周りを見渡しながらも天幕の中に入っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
紅髪の青年と共に馬に揺られながらどのくらい時間が経ったのか・・・−−−
 
馬に乗っている他の男たちや徒歩で歩く男たち(徒歩の方が人数は多いようだ)に囲まれて進むにつれ、木々に覆われていた道がひらけ、小さな広場へと出た。
先頭にいたのだろう、今まで見当たらなかった蒼髪の青年が傍らに控えていた屈強な男に何か伝えると、それが合図だったかのように周りにいた人全員が辺りに散らばり何かの作業を始める。
何をしているのだろうと思う間もなく、ただの何もない広場だった場所に大小さまざまな多くの天幕が張られていった。
それに思わず驚いて目を瞠る中、紅髪の青年はひかるを馬から下ろしそのまま引っ張るようにして一つの大きな天幕まで連れて行った。
 
 
そして今、ひかるはこの紅髪の青年の言われるがままに天幕の中に入り、目の前に座る青年を見つめていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「さてと、まずは自己紹介だな。俺の名は汐燕(セキエン)だ。あんたの名前も教えてくれないか?」
「あっあの、私・・・ひかる、です。水崎 ひかる・・・・・・」
「ひかる、か・・・。やっぱり珍しい名前だな」
「珍しい・・・?」
 
紅髪の青年、汐燕の言葉にひかるが小首を傾げる。
生まれてこの方、今まで一度もこの名を珍しいなどと言われたことはない。
どちらかというと、青年の方が自分からすれば珍しい名前だ。
だがそんなことを内心思うひかるには気づかずに、汐燕は更に驚くようなことを口にした。
 
 
「・・・単刀直入で聞くけど、あんたは本当に“五つ星の神子”なのか?」
 
「・・・・・・はい??」
 
 
汐燕のその言葉に、ひかるは驚きのあまり思わず素っ頓狂な声を上げる。
 
 
 
さて、ここで問題です。“イツツボシノミコ”とはいったいなんでしょう。
 
1・五つ星っていう神社の巫女さん   2・五つ星っていう国の皇女さん
3・五つ星っていう御宅の御子さん   4・五つ星っていう名の神子さん
 
さぁどれ!
 
3はありえませんね、私さっき水崎って言いましたから〜。
そうですね〜、おバカさんですね〜、あははは、うふふふふvv
 
 
 
混乱のあまり一人頭の中でお花を飛ばしまくってみる。
そのある意味現実逃避をしている様子に汐燕は暫く面白いものを見るような目でひかるを見ていたが、天幕に静かに入ってくる人物に気がついてそちらに視線を向けた。
入ってきた人物が誰か確認するとその者へ軽い調子で話しかける。
 
 
「この様子からすると、貴方が言ったとおり本当に“五つ星の神子”みたいですよ」
 
 
自分の後ろ−−−汐燕で言うと目の前−−−に向かって声をかける汐燕に、頭の中でのお花畑を中断してゆっくりと後ろを振り返る。
そこに自分を睨むように見下ろしている蒼髪の青年が立っていて、思わずびしっと固まってしまった。
その様子に汐燕がおかしそうに笑う。
 
「ほらほら、貴方がそう睨むから彼女が怖がっているじゃありませんか」
「・・・・・・別に睨んでいるわけではない」
 
笑い混じりの言葉に蒼髪の青年は眉間に皺を寄せて憮然と低い声で呟いた。
 
 
いやいやいや、充分睨んでましたよお兄さん・・・。
 
 
そんなことを思いながらも彼の表情にひかるは一層緊張して固まってしまった。
しかし青年はそんなひかるの様子を気にした風もなく(何様だ、コノヤロウ!)天幕の奥にある豪奢な造りの椅子にどかりと腰を下ろした。
そして改めて向けられる鋭い蒼い瞳。
 
 
「女、名をなんという?」
 
「・・・人に名前を尋ねる時は、先に名乗るのが礼儀ですよ」
 
 
蒼髪の青年のあまりの態度にむっとして不機嫌な顔を隠しもせず眉間に皺を寄せて言い返す。
その言葉に一気にこの場がブリザードと化した。
そのピリピリした雰囲気に慌てて汐燕が口を挟む。
 
 
「ひかる、このお方は叢柴(ソウシ)様。翆国(スイコク)の君主・叢欺(ソウギ)様の御曹司だ」
 
 
そんなことを言われてもひかるには彼の言っている意味がさっぱり分からなかった。
分かったことがあるとすれば、この目の前にいる蒼髪の青年の名前が叢柴で、どこかの国の王様の息子さんだということくらいだ。
 
っていうか翆国って何処だよ。
君主って・・・今どき聞いたことないんですけど・・・・・・。
 
難しい顔で考え込んでいるひかるに汐燕と叢柴は目配せしあった。
「やはり知らぬか・・・」と呟く声に顔を上げて叢柴を見る。
 
 
「お前、いつからこの世界にいる?」
「この世界って・・・どういう意味ですか?」
 
 
警戒したように身構えてそう問うひかるに、叢柴はくいっと片眉をつり上げて見せた。
 
 
「翆国という名を、聞いたことがないのだろう?」
「それは・・・そうですけど・・・・・・」
 
 
戸惑って目を泳がせる。
 
叢柴の言葉は言い換えれば“異世界”と聞こえる。
そんな事言われても、分からないし信じられない・・・むしろ信じたくもない言葉だ。
確かに翆国なんて国は知らないし聞いたこともない。
不自然なこともたくさんある。
それでも・・・異世界だなんて、誰が信じることが出来る・・・・・・・?
っていうか普通信じる人なんていないだろう。
少なくとも、自分はそうだ・・・。
 
その考えが表情に出たのだろう、叢柴は目を伏せると低く呟いた。
 
 
「この世界には“五つ星の神子”と呼ばれる者がいる。“五つ星の神子”はこの世の平衡が崩れ乱世となった時に異なる世界からやってくる。彼らは新しき世を統べるべき五つの国を見出し、その国を新しき天へと導く」
「その“五つ星の神子”が・・・私だって言うんですか・・・・・・?」
「貴様は異なる世界より来たのではないのか?」
そんなのまだ分かんないし・・・・・・
 
小さく呟いたものの叢柴にはちゃんと聞こえたようで、眉間に皺を寄せこちらを睨みつけてくる。
 
「この世界について知らないのだろう?」
「でも、そんなことって・・・・・・」
 
混乱のあまり取り乱し始めたひかるに汐燕が慌てたように助け舟を出してきた。
 
「ま、まぁいきなりのことだし、ひかるも気持ちの整理をしたいだろうから今日はもうこれで休んだ方が・・・」
 
 
けれど苦し紛れに出してくれた助け舟も叢柴が汐燕を睨んでおじゃんになってしまう。
しかし、黙らせたはいいものの叢柴自身これからどうすべきか考えあぐねているようだった。
その様子にひかるは内心汐燕の言葉に非常に感謝していたものだからものすっっっごく腹が立ったが、相手は王子様(今のところ自称だけどね・・・)なのでやめておいた。
ひかるちゃん、偉いね!
 
その時、ふと疑問が浮かんできて汐燕を振り返った。
 
 
「あの・・・それで私はこれからどうなるんでしょう?」
「えっ・・・いや、できるなら俺たちと翆国に来てくれると嬉しいんだけど・・・・・・」
「“できるなら”ではない。力ずくでもつれて帰る」
 
「「ち・・力ずくって・・・・・・」」
 
 
叢柴の言葉に汐燕は恐ろしさに青くなり、ひかるはこの人たちから−−−詳しく言えばこの目の前の青年から−−−逃げられないと語り肩を落として脱力した。
 
 
まだ自分の身に何が起こっているのか分からないが、何かとてつもないようなものが自分に待っているような気がして、ひかるは小さくため息をつくのだった。

 

 

 

BACK          NEXT

 

 

『五つ星奇伝』Back

 

inserted by FC2 system