安らぎの一時

 

ひかるは意識が目覚めるのを感じて寝返りをうった。
暖かい朝の光を瞼を通り抜けて感じられ、小鳥の囀りが鼓膜をくすぐる。
朝の空気がとても心地よく、起きるのが何処かもったいなく感じながらもうっすらと目を開けた。
 
その目に飛び込んできたのは見慣れた壁紙に覆われた天井ではなく、見慣れぬ木の天井だった。
 
 
 
 
 
何分か思考が停止する。
 
 
さぁ考えてみよう。
ここは何処だ・・・。
 
ここ何処だよっっ?!!と叫びはしなかったものの勢い良く飛び起きた。
慌ててきょろきょろと周りを見渡す。
そこで暫くしてやっとここが昨日自分にあてがわれた部屋だと気がついた。
眠気で霞む頭を何度か振って今では恒例になってしまった行動を取る。
つまり両手で両頬を力一杯つねり上げた。
その瞬間予想以上の鋭い痛みが両頬を襲い、不覚にも涙が出そうになった。
 
 
 
 
泣いちゃダメ、泣いちゃダメよ、ひかる。
頬をつねったのは他でもない自分じゃない。
ここで泣いたらおバカさんになっちゃうわよ。
でも、涙が出ちゃう・・・・・・女の子だもん!(古い)
って何やってるんだ、自分・・・。
なんか違う意味で泣けてきた・・・・・・。
 
 
 
 
ひかるは乾いた笑いを零した後、力なく布団の上に突っ伏した。
そうするとまだ疲れが残っているのか瞼が酷く重たく感じる。
 
 
思えば昨日は酷い一日だった。
でっかい城に着いたと思えば強引に一つの部屋までつれてこられ、全力逃走も虚しくなんかものすっっっごく恥ずかしい服を着せられて・・・。
服を着せてくれた女官たちはとてもよく似合っていると満面の笑みで言ってくれたが、その露出度高しの服は着ていてとても恥ずかしいものだった。
というかこの世界の設定的に昔の中華なのに、何故あんなに露出度が高いんだ!
普通に女官服とか天女の服みたいに、長い袖だらだらの何枚も重ね着するような服でいいじゃないか!!
というか、着終わった後に部屋に入ってきた叢柴の態度も頭にくるものだった。
何だ、あの上から見下すような失笑したような表情!
私が大人でなければ足を思いっきりふんずけているところだ。
それも何故かこの時代にはないだろうと思っていたはずの高いヒールで・・・。
 
まあ、それは置いておくとして・・・、本当はそのまま叢柴の父であり翆国の国主である叢欺とご面会の予定だったのだが、生憎と叢欺は急用で城を空けていたため、また今度ということになった。
皆の話では叢欺は後三日は帰ってこないと言っていたので、それまでひかるは五つ星の神子ではなくただの居候という形でおさまるらしい。
それというのも、城付きの星詠みが翆国にはいるのだが、彼もまた叢欺と共に外出しているというのだ。
いくら叢柴に星詠みの力があったとしても、本物の星詠みに認められない限り完全に五つ星の神子だと証明されないのだそうだ。
 
 
 
「はぁ、なんだか・・・・・・面倒だな」
 
眠りたいと訴える身体を半場無理矢理起こして寝癖のついた髪を撫で付ける。
深く息をついて眠気を追い払うために大きく伸びをした。
その際、首の辺りがものすっごい音を出して内心ぎょっとする。
そんな中、扉から控えめな声がかけられてひかるは慌ててそちらへと振り返った。
 
 
「神子さま、起きていらっしゃいますでしょうか?中に入っても宜しいしゅうございますか」
「あっ、はい!起きてます。あの、どうぞ・・・」
 
 
どう答えればいいのか分からないものの、慌てて部屋に入るよう促す。
少しして昨日からひかるの直属の女官になった守葉(シュヨウ)が柔らかな微笑みを浮かべながら入ってきた。
 
守葉は見た目は四十代くらいの落ち着いた雰囲気を持った女性で最初の着せ替え事件の時でさえ温和な様子を全く崩さなかった何気に肝の据わった人だ。
彼女の微笑みを見ると何故かとても安心する。
しかしその柔らかな微笑みも、自分を見た瞬間心配そうな表情へと変わってしまった。
それにどうしたのだろうと守葉を見つめていると彼女はゆっくりとこちらに近づいてきてそっとひかるの顔を覗き込んできた。
 
 
「頬が赤くなっていますよ?どうかなさいましたか?」
「えっ、いや・・・あの・・・む、虫に刺されただけだと思うんですけど・・・・・・」
 
 
心配そうに尋ねてくる守葉にまさかこの世界に来たのが未だ夢なんじゃないかと思って頬をつねってましたなんて言えず、ひかるは乾いた笑いを零した。
未だ心配そうにしながらも納得してくれたのか、守葉は痒ければ言ってくれと一言言うとこちらに背を向け朝の身支度の用意を始めた。
その後姿をぼんやりと見ながらひかるは小さく守葉に聞こえないようにため息をついた。
 
 
ひかるがこの世界に来て既に今日で四日も経っていた。
いや、この場合四日しか経っていないと言うべきなのだろうか・・・。
どちらにせよ四日が経った今でもひかるはこの事実が夢なんじゃないのかと思う時があった。
普段守葉や汐燕、叢柴と一緒にいる時はそんなことを考えることもない。
というより考える余裕がないのだが、けれど一人になった時や朝目が覚めた時はもしかしたら夢かもしれないとどうしても思ってしまう。
そのたびに頬をつねって感じる痛みに落胆なのかも分からないため息をつく。
 
バカらしいと思ってもどうしてもこの行動を繰り返してしまう自分がいる。
こんな非現実的なことが起こったのだから仕方がないと皆言うかもしれないが、できるならどんな時でもポジティブに考えていきたかった。
明るいことしか取り得のない自分だから・・・。
 
 
 
 
そこまで考えるとひかるは頭を軽く振ってこの黒い考えを吹き飛ばした。
寝台に座っていた身体を起こして力一杯伸びをする。
力一杯伸びをしたおかげで気持ちも幾らか吹っ切れたようだ。
そんな彼女の様子に朝の支度を用意していた守葉がふふっと小さく微笑んだ。
 
 
「神子様は今日はどのようなお召し物がお望みですか?」
「えっ、あの・・・動き易いのとかありませんか?出来るならズボンの方がいいんですけど・・・」
「ずぼん・・・ですか?」
「えっと〜・・・男の人が穿いてるような・・・あっ、股がある服です!」
「それは、知っておりますが・・・神子様がお召しになるようなものではないかと・・・」
 
 
(おおっ、ズボンという言葉が通じたぞ!)
 
と、なんだかものすっごく的外れなことに感心しながらも困ったような表情をしている守葉に気がつく。
それも当たり前のことだろう。
この時代(?)ズボンは男の人が着るようなものだし、女性がそんなものを穿きたいなどとは決して言わなかっただろうから。
けれどここで引いて昨日のような恥ずかしい服を着せられるわけにはいかない。
こちらもある意味命がけなのだ。
 
 
「大丈夫です!私、全然そういうの気にしないタチなんで!!動き易かったらその方がいいので(恥ずかしい服じゃなかったら尚OK!)、ぜひ!!」
「そこまで仰るのなら、分かりましたわ。用意に少し時間がかかりますけれど・・・」
「全然良いですよ!よろしくお願いします!!」
「それでは少し失礼いたしますね・・・」
 
そう言って静々と部屋を出て行く守葉を見送った後、ひかるは小さくガッツポーズをした。
勝った、勝ったぞー!!と心の中で意味不明なことを叫んでみる。
 
暫く自己満の勝利を心の中で喜んでいると小さい控え目なノック音と共に扉が開いた。
そちらに視線を向ければ小さな可愛い少女がお茶とお菓子を乗せたお盆を両手で持って立っていて、一瞬思考が停止する。
その様子に少女は気付いていないのか、長い袖を引きずるようにして一生懸命お盆をこちらに運んできた。
 
 
「あの、神子様。お茶を淹れて参りました」
「あ・・・ありがとう」
 
 
どう反応すればいいのか分からず、とりあえず礼を言ってみる。
そこでこの少女がかなり緊張していることに気がついて慌てて笑顔を作った。
こちらに差し出されるお茶を受け取りながら改めてお礼を言った。
 
「ありがとう」
 
だがそんな苦労も虚しく、優しい笑顔を意識しすぎてお茶を取り損ねてしまった。
茶が勢いよく零れ落ちてひかるの膝を濡らす。
 
「あつっ・・・!」
 
あまりの熱さにひかるは小さく声を零すと座っていた身体を弾かれたように立たせた。
その拍子にころりと湯呑みが床へと転がりひかるは慌ててそれを拾い上げる。
目の前で驚いたように大きな瞳を見開いている少女に謝ろうと口を開きかけたその時、目の前の少女本人から悲鳴に近い声が出ていた。
 
 
「も、申し訳ありません神子様!で、でも私っ・・・わざとじゃなくてっ!・・・ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」
 
必死に頭を下げて謝る少女に、ひかるは慌てて屈みこんで少女の顔を覗き込んだ。
薄茶色の大きな瞳が涙で潤み、なんだかこちらが苛めてしまったような気にさえなってしまう。
ひかるは何とか落ち着かせるために未だ謝りながら頭を下げ続ける少女の頭を優しく撫でた。
 
「お願い、謝らないで。お茶を零したのは私なんだし、貴女は何も悪くないよ?」
「で、でも私・・・ひくっ・・・・・・が・・・もっとしっかり・・・ふっ・・・・・・」
「そんなことないよ。ほら、もう泣かないで。可愛い顔が台無しだよ」
 
指で零れる涙を拭ってやりながら言うひかるの言葉に必死に泣きながらも謝っていた少女が恥ずかしそうに真っ赤になっておろおろし始めた。
その様子がまた可愛らしくてくすっと小さく微笑む。
笑われたことに気がついたのか少女は一層顔を真っ赤に染め上げた。
 
「み、神子様!笑うなんて酷いです〜////!!」
「あはは、ごめんね。あまりにも可愛かったから、つい」
「神子様〜・・・」
「あはははっ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「まぁ、どうなさったのです?」
 
 
服を調達して帰ってきた守葉が驚いた様子で部屋に入ってくる。
顔を真っ赤にして泣いている女官服の少女と苦笑しながらも少女の前に屈んで必死に慰めている今の自分の主を見比べ、自分がいない間に何があったのかと頭を悩ませる。
しかし暫くして床に転がっている湯呑みと主のシミのついた服が目に入りやっと理解した。
とにかく今持っている服を側の棚の上に置いて彼女たちの元へと近づいていく。
 
 
「ほらほら春鈴(シュンリン)。ひかる様が困っていますよ。もう泣くのはおやめなさい」
「で、でも・・・私・・・・・・」
 
しゃくりあげて再び泣き始めた少女に守葉はため息をついた。
それに反応して少女の小さい肩がびくっと震える。
その様子にひかるが慌てて守葉を見上げた。
 
「守葉さん、この子を怒らないであげて下さい。お茶を零したのは私なんです」
 
そう言って春鈴を庇うひかるの姿に守葉は一瞬呆気にとられたものの、すぐにその表情は苦笑いのものに変えた。
 
 
本当にこの主は変わっていると思う。
本来ならばここはもっと躾をちゃんとしろと怒るところであろうに。
なのに彼女は怒るどころか服のシミを気にする素振りも見せず、それどころか少女を庇ってすらいる。
戸惑う気持ちも勿論あるが、何よりその優しい彼女に何ともいえない安心感を感じた。
 
守葉はおろおろしながらもこちらの様子を伺う春鈴と主を安心させるために優しい笑みを浮かべた。
 
「心配せずとも怒ったりはしませんよ。でも春鈴、これからはもっと注意するのですよ?」
「・・・はい、守葉様」
「貴女はもう下がりなさい。ひかる様は御衣装を用意いたしましたのでお召し替えを」
「分かりました。あ、春鈴ちゃん!また着替えが終わったらお茶を持ってきてくれる?」
 
守葉に着替えを手伝ってもらいながら部屋を出ようとしていた春鈴を振り返って笑顔でそう言うひかるに春鈴はびっくりしたように彼女を振り返った。
その瞳は信じられないといった風に驚愕に見開かれていたが、ひかるの笑顔に先ほどの言葉が自分の聞き間違いではないと分かり、なんともいえない嬉しい感情が湧き上がるのを感じた。
 
今まで仕えてきたどの女主も自分にこんな優しい言葉をかけてくれたことはなかった。
それどころか度々失敗する自分を厳しく叱り付け、酷い時には強く叩かれる事もあったのだ。
けれどこの目の前にいる神子である彼女はこんな自分を優しく迎え入れてくれている。
今まで一度も向けられたことのない優しさになんだかむず痒いような感じがして小さく笑みを浮かべた。
 
 
春鈴はにこにこと笑みを浮かべながら自分の言葉を待っている新しい主に肯定の意味を込めて小さく頷くと、一礼して部屋を出て行った。
そんな少女の後姿を見送りながら、ひかるは両頬を両手で挟んで緩んでしまう表情を隠す。
 
「もうあの子可愛い〜vvもう妹にほしいよ〜vv」
「まぁまぁ神子様ったら、きっと春鈴が聞けば喜びますわ」
「えへへ、そうかな?あ、守葉さん、その“神子”っていうの止めてくれませんか?出来たら名前で呼んでほしいです」
「でしたら神子様もわたくしのことは守葉とお呼び下さいませ。あと女官に敬語を使う必要もございませんのよ」
「う〜ん・・・分かった。これからはそうする」
「はい、ひかる様」
「やっぱり様付け?」
「これ以上は譲れませんわ。貴女様はわたくしたちの主ですから」
「む〜・・・」
 
わざとらしく唇を尖らせて不満顔を作ってみせるひかるに守葉はころころと笑った。
その楽しい雰囲気にひかるも笑い出す。
暫くして服も着替え終えたひかるは鏡の前で格好を確認しながら守葉を振り返った。
 
「着替えも終わったし、春鈴ちゃんにお茶を持ってきてもらおうよ」
「ええ、そうですわね」
「守葉も一緒にお茶しない?」
「まぁ、光栄ですわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あの、そろそろかと思いお茶を持ってきました」
 
 
「ナイスタイミング、春鈴ちゃん!じゃあ三人でお茶しよう!」
「えっ、さ、三人でですか?!」
「私とお茶するの、嫌かな?」
「嫌だなんて、そんなことありません!!」
「じゃあ決まり!」
「ひかる様には敵いませんわね」
 
 
 
 
 
 
朝の暖かい光の中、三人の楽しげな声が響き渡る

 

 

 

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