探検 〜城内編〜

 

穏やかな昼下がり。
いつもならゆったりと流れる今の時間帯。
しかしそんな中、ある一つの棟だけ慌しい空気が流れていた。
 
 
「そっちにはいた?」
「いいえ、おられません。そちらは?」
「こっちもダメです。いったい何処に行ってしまわれたのかしら・・・」
「とにかく大事になる前に見つけますよ」
「「「はい、守葉様」」」
 
慌てた様子で各方に急ぎ足で走っていく女官たち。
その後姿を見送りながら、今頃満面の笑みを浮かべているであろう主の顔を思い浮かべ守葉は深いため息をつくのだった。
 
 
 
 
 
そして探されている張本人であるひかるは茂みに隠れながら庭を散策していた。
それはもう守葉が思い浮かべたような満面の笑みで、小さく歌さえ口ずさんでいる。
よほど外に出たかったのだろう、それこそスキップをしそうな勢いである。
 
そもそもひかるは外に出てはいけないはずだった。
未だ星詠みに五つ星の神子であることを認められていないため、それまではその存在は隠しておいた方がいいと叢柴が考えたためである。
しかし、はっきり言ってそんなことはひかるにとってどうでもいいことだった。
というか知ったこっちゃない。
今頃必死になって自分の事を探しているであろう守葉たちのことを考えると申し訳ないという気持ちもするが、生憎ひかるもいい加減何日も部屋に閉じ込められている状態で我慢の限界だった。
 
 
(ちょっとくらい良いよね。誰にも見つからないようにすれば良いわけだし・・・)
 
 
何処までもマイペースでポジティブなひかるである。
 
 
 
そんなひかるの視界に突然紅い影が飛び込んできた。
咄嗟に近くの茂みに隠れて少しだけ顔を覗かせて見る。
そこには思い描いたとおりの人物が見知らぬ兵士と並んで歩いていた。
 
 
(うわ〜〜〜、思ったとおり汐燕さんだよ〜〜〜〜〜)
 
 
いきなりの見知った影に思わず自分の運の悪さを呪う。
 
とにかく汐燕には何が何でも自分の姿を見られるわけにはいかない。
何故ならば他の人ならば適当なことでも言って適当に逃げることが出来るのだろうが、自分のことを知っている汐燕に対してはそんなことが勿論できるはずもないからだ。
それも話によれば汐燕は名高い将軍の一人だとか。
そんな人に見つかれば逃げるなんて一般ピーポーの自分に出来るわけがない。
 
というわけで、彼らが通り過ぎるまでひたすら茂みに隠れて息を潜めることにした。
 
 
汐燕と見知らぬ人の会話が聞こえてくる。
足音がどんどん近づいてくるのに緊張して鼓動が大きく早くなっていく。
もしかしたらこの鼓動の音のせいで二人に気付かれてしまうかもしれない。
 
くそ、いい加減鳴り止め心臓。
もういっそのこと止まってしまえ・・・!
いや、それじゃあ私が死ぬ。
なんか無性に泣きたくなってきた・・・。
う〜、自分の頭の弱さに涙がちょちょ切れそうだ・・・・・・。(古い)
 
 
そんなことを考えていた時、いつの間にか二人の声も足音も聞こえなくなっていることに気がついた。
そっと茂みから顔を覗かせて辺りを伺う。
誰もいないことを確認すると大きく息を吐いて勢いよく茂みから飛び出した。
そのまま両腕を空に向かって大きく伸びをして満面の笑みを浮かべる。
 
『さあ探検の続き、行ってみよ〜う!』と大きく一歩を踏み出した、その時・・・−−−
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・貴様・・・・・・」
 
 
聞き覚えのある声が背後から聞こえ、ひかるは思わず足を止めた。
危険信号が頭の中で大きく鳴り響く。
 
 
後ろを振り向いてはいけない。
振り向くな、ひかる。
振り向いたら終わりだ・・・。
 
けれど悲しいかな。
どうしても振り返ってしまうのは人間としての性なのか。
 
 
油の切れたロボットのようにギギギッといいながら細かい動作でゆっくりと後ろを振り返る。
その途端目にしたものにやっぱり振り返るんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。
 
 
 
「・・・ひかる・・・貴様、ここで何をしている・・・・・・」
「・・・や、やあ、叢柴君。ご機嫌いかがかな・・・?」
「私の言葉が聞こえなかったのか?・・・ここで何をしている・・・・・・」
「いや〜、今日モ素晴シイ天気デスナ〜〜。アハハハハハ・・・」
 
 
緊張のあまり片言になってしまうのは目をつぶってほしい。
目の前には眉間にふっっっかい皺を刻んだ不機嫌丸出しの叢柴。
その背後に不機嫌と苛立ちと怒りのどす黒いオーラが見えるのは私の気のせいではないだろう。
誰だってこんな彼を目の前にしたら私みたいになること間違いなしだ。
 
そのあまりに強すぎる圧迫感に全身冷や汗だらだらだが、何とか叢柴の気を逸らすためにあえて彼の言葉に場違いな言葉を返してみる。
けれど流石というべきかやはりというべきか、彼は気を逸らすどころか一層不機嫌そうに顔をしかめた。
 
 
これはまずい。
ひじょーーーーに、ヤバイ・・・。
 
彼と初めて会った時からまだ一ヶ月も経っていないが、この表情の時の彼は非常にまずいことを知っていた。
ここで私がとるべき手段はただ一つしかない。
つまり・・・全速力で逃げるべし
 
 
 
思い至ったら即行動、とばかりに突然走り出すひかる。
その凄まじい素早さに流石の叢柴も反応が遅れた。
慌てて後を追おうとするも気がついた時には既にひかるの姿は何処にも見当たらなくなっていた。
 
 
鋭い舌打ちの音が庭先に響いた。
 
 
 
**********
 
 
 
ひかるはそれこそ死に物狂いで全力疾走していたのだが、叢柴が追ってきていないことを知るとほっと息をついて足を止めた。
乱れた息と痛む肺が苦しい。
心臓も早鐘のように激しく鳴り、落ち着かせるために大きく深呼吸を繰り返した。
 
 
呼吸も普通に戻り鼓動も治まってきたその時、やっと自分が今いる状況に目をやる余裕が出来た。
 
自分が立っているのは見慣れない大きな庭にある大きな木の下。
前にはこれまた見慣れない長い廊下と見知らぬ棟。
 
 
ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン・・・・・・・・・・・・チンッ!
 
 
「おっと、ヤベッ」
 
 
やっと自分がおかれている状況を理解してひかるは冷や汗を垂らした。
 
つまり、むやみやたらに走って逃げたせいで見事迷子になってしまったようだ。
周りに目を向けるも人影らしいものは何もなく途方に暮れる。
これでは人に道を開くということも出来やしない。
 
 
「あーもう、どうすんのよ。・・・・・・これもみんな叢柴さんのせいだ・・・」
 
 
どうするべきか分からずとりあえず人のせいにしてみる。
 
その時、人の声のようなものが聞こえてひかるは周りを見渡しながらも耳を澄ませた。
そうすれば微かに聞こえる人の話し声。
いや、話し声にしては声には旋律があるような気がする。
それはとても綺麗な、女の人の歌声。
 
その歌声に引かれるようにひかるは聞こえてくる方へと足を向けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まず始めに目に飛び込んできたのは綺麗に整えられた庭。
次にその庭に続くこじんまりとした棟とテラスのような場所。
そして最後に目に入ったのが両腕を緩く胸の前で組んで歌を歌う綺麗な女性。
 
あまりにも神秘的な光景にひかるは言葉を失ってただ呆然と見惚れていた。
 
 
 
「・・・・・・綺麗」
 
 
ポツリと零れた小さな言葉。
それでもこの静かな空間には充分だったようで、テラス(のような場所)で歌っていた女性は弾かれたように振り返ってきた。
 
澄んだ綺麗な翡翠色の瞳と視線が合う。
 
一瞬停止する空気にひかるは内心どうしようとどぎまぎしていたが沈黙を破ってくれたのは目の前の綺麗な女性だった。
 
 
「貴女は、どなたですか・・・?」
 
 
不安げに瞳を揺らめかせながら尋ねてくる彼女の鈴のような声に、ひかるは我に返った。
慌てて両手を激しく横に振る。
 
「あ、あの、ごめんなさい!えっと、道に迷ってしまって。それで歌が聞こえて・・・あの・・・・・・」
 
あたふたとしながらも何とか分かってもらおうと言葉を紡ごうとするが頭が混乱していることもあり、中々上手くいかない。
仕舞いには頭を抱えて身悶えるひかるにその女性は不思議そうにひかるを見つめて小首を傾げた。
 
 
「・・・迷子、ですか?」
「あっ、はい!迷子です!!正真正銘迷子ですっ!!」
 
思ってもみない彼女の助け舟とも思える言葉にひかるは力一杯同意した。
その様子に彼女は小さくくすっと笑うとひかるに微笑みかけた。
 
「とにかく立ち話もなんですから、こちらでお茶でもいかがですか?」
「えっ、そんな・・・嬉しいですが・・・。いいんですか・・・?」
「はい。貴女様さえ宜しければですけれど」
 
そう言ってふわっと微笑む彼女にひかるは思わずぽうっと見惚れてしまった。
けれどすぐに我に返り慌てて彼女の側へと駆け足で近づく。
おずおずと椅子に腰掛けると良い香りのするお茶を差し出された。
そのお茶を一口頂いて改めて目の前に座る彼女を観察してみた。
 
白皙の肌に翡翠色の瞳。
小説などでよく宝玉のような美しい瞳という表現があるけれど、まさにこのような瞳を宝玉のような瞳だというのだろう。
それに加えて腰まで流れる白金の髪。
いや、もしかしたら銀髪なのかもしれないが、陽の光に照らされて白金に輝いていた。
その姿は儚くも綺麗で女である自分ですらうっとりと見惚れてしまう。
 
 
ひかるの視線に気がついたのか彼女は微笑みを浮かべて小首を傾げた。
 
 
「紹介が遅くなってしまって申し訳ありません。私は翠蓮(スイレン)と申します」
「あっ、私はひかるです!水崎ひかる!!よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 
ぺこりと頭を下げる彼女、翠蓮につられるようにひかるも慌てて頭を下げる。
その様子にくすくす笑う彼女にひかるはほんわかと心が和むのを感じた。
 
 
ああ、もう何でこの人こんなに綺麗で可愛くて素敵なんだ!
それになんだか一緒にいるとすっっっごい和むし。
もう女の自分でも惚れ惚れしちゃうよ〜。
あ〜、私もこんなお嫁さんがほしい〜〜vv
はっ、あまりの素敵さに我を忘れてしまった!
恐るべき翠蓮さん!
もう私は貴女の素晴らしさにメロメロです!!
 
 
心の中で歓喜の悲鳴をあげていたひかるは、そういえばと声を上げた翠蓮に慌てて向き直った。
 
「そういえば、ひかる様は道に迷われたと仰っていましたね」
「あっ、はい。私、このお城に来たの最近で、ちょっと城内探検してたんですけど、ちょっと問題があって道に迷ってしまって・・・」
 
あはははと視線を逸らして乾いた笑いを零すひかるに翠蓮は不思議そうにしていたが言葉を続けることにした。
 
「それでしたら私の女官に案内させましょうか?」
「えっ。本当ですか!?はい、ぜひお願いします!!」
「では少し待っていて下さいね。星鈴(セイリン)!星鈴はいる?!」
 
 
椅子を立って女官の名前であろう名を呼ぶ翠蓮。
暫くすると四十代くらいの女官が静々と部屋から出てきた。
その女官は守葉と何処か似たような雰囲気を持った穏やかな表情の女性だった。
 
 
「翠蓮様、お呼びになりましたか?」
「ええ、そうなの。一つ頼みたいことがあって」
「・・・そちらの女性は?」
 
女官の視線がこちらに向けられ、ひかるは無意識に身体を強張らせた。
 
「彼女はひかる様。さっき庭で会ったの。聞けば城を歩いている間に道に迷ってしまったとか。彼女の棟か屋敷まで案内してあげてくれないかしら?」
「承知しました。ひかる様、でしたね。どちらにいらしたのかお聞きしても宜しいでしょうか」
「あっ、はい!確か・・・白蘭の棟だったと思うんですけど・・・・・・」
 
 
 
白蘭の棟とはひかるに与えられた室のある棟の名前だ。
普通城などにある棟は普通に西の棟とか東の棟とかいう呼び方をするのだが、この世界では棟が数多くあるらしく、棟一つ一つに名前がつけられていた。
それも何故か殆どが白蘭とか藍とかいう花の名前で、ひかるな常々不思議に思っていた。
まあ、そんなことはさて置き、ひかるのその言葉に女官−−−翠蓮さんの言葉からして星鈴さんというのだろう−−−は一つ頷くとひかるを安心させるようににっこりと微笑んだ。
 
「では今からご案内いたしますか?」
「はい!お願いします!」
 
星鈴の言葉にひかるは慌てて残ったお茶を全て飲み干すと急いで立ち上がった。
星鈴に続いて部屋を出ようとして、その前に翠蓮を振り返る。
 
「翠蓮さん、本当にありがとうございました!」
「いいえ、お役に立てたようで嬉しいです」
「あの・・・一つお願いを聞いてくれませんか・・・?」
「はい?」
「あの、もしご迷惑でなかったら・・・またお茶を飲みに来てもいいですか・・・?」
 
少し恥ずかしそうに話すひかるに翠蓮はきょとんとしていたが次にはふわりと蕾が花開くような優しい微笑みを浮かべた。
『はい』ととても嬉しそうに微笑む翠蓮にひかるも満面の笑みを浮かべる。
ぺこりと頭を下げると今度こそひかるは星鈴の後を追って部屋を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それからは星鈴に無事白蘭の棟まで案内してもらい、ひかるは笑顔でお礼を言って、帰っていく彼女を見送った。
さて部屋に戻ろうと回れ右をする際、夕暮れに赤く染まった空が目に入り暫くその景色に見惚れる。
今日は何かと大変だったけど楽しかったな〜と呑気にそんなことを思う。
 
ふうっと小さく、しかし何処か満足げなため息をついたその時、突然背がゾクッと震えてひかるは身体を強張らせた。
 
何かとてつもなく恐ろしいものが近くに迫っているような気がする。
 
その気配が何かは分からないが、とにかく逃げた方がいいかもしれない、と一歩を踏み出したその時、突然何かにガシッと肩を捕まれびくっと大きく震えた。
冷や汗がだらだら流れるのを感じながら恐る恐る後ろを振り返ってみると・・・。
 
 
 
 
 
「・・・随分と楽しそうだな、ひかる」
 
「そ、叢柴さん・・・・・・」
 
 
後ろで私の肩を捕まえていたのは紛れもなく叢柴さん。
その顔は笑顔を堪えてはいたが、その瞳は全然笑ってはいなかった。
 
っていうか、無駄に顔が良いのだからこういう表情は本当にやめてほしい。
怖すぎるのだ。
本気で泣きそうになる。
 
 
あまりの怖さにそれこそ半泣きならぬ九分泣きになっているひかるに構う様子もなく、叢柴は彼女の襟首を猫にするように掴み上げるとずるずる部屋まで引きずっていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
その後、延々と続くかと思われるほどの説教と言葉で言い表せないほどのお仕置きを受けたことは言うまでもない

 

 

 

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