星詠み見習い

 

ひかるは正座して顔を深く俯かせながら、上から圧し掛かってくるような視線に必死に耐えていた。
緊張で身体が強張り、喉がカラカラに乾いている。
両膝にそれぞれ乗せている両手も、手汗で濡れる勢いだ。
 
ひかるの両脇にはまるで彼女を護るかのように叢柴と汐燕が佇んでいる。
もしこの二人が側にいなければ、ひかるは今頃恐怖で泣き出していただろう。
 
 
 
あぁ、神よ・・・。
貴方は本当に私が憎いのですか?
っていうか憎いんでしょう。
ぶっちゃけ憎いんだろう。
もう言っちゃえって、認めちまえって!
って言うか、ここまできて『え〜、全然憎くないっスよ〜』とか言っても絶対信じないからな!!
 
 
 
緊張のあまり自分の中に入って現実逃避するひかる。
そんな彼女の様子に汐燕は内心壮大なため息をつきながら小さく苦笑し、叢柴は横目で『お前バカだろ?』みたいな目で見下ろしていた。
だがそんな二人の様子もひかるは下を向いているのと自分の中で神を呪っているのとで全く気がつかない。
 
そんな中、頭上から顔を上げるよう声をかけられ、ひかるは慌てて顔を上げた。
 
 
目に飛び込んでくるのは深い蒼色の髪と瞳の男。
名は叢欺。
この翆国の君主であり、叢柴の父親である。
見た目は五十代前半の渋いおじさんで、さすが親子と思えるほど叢柴によく似ていた。
っていうか似すぎだ。
まさに将来の叢柴の姿だと言われても納得できてしまうほどだ。
 
 
(う〜、なんていうか流石って感じだよ〜。・・・あの鋭い視線が痛く感じる・・・)
 
 
どうやら叢柴の鋭い目は父親譲りのようだと緊張のあまり関係ないことを考える。
世間ではこれを現実逃避と呼ぶがこの世界に来てそれはもう両手では足りないほどしてきたひかるにとってはそんなことは知ったことではない。
 
そんな彼女の様子に気がついていないのか、叢欺はひかるを見据えながら口を開いた。
 
 
「おぬしか、叢柴が五つ星の神子であると言ったのは。名はなんという?」
「ひかる・・・です。水崎、ひかる・・・」
 
 
どぎまぎしながらも答えるひかるに推し量るような視線が向けられる。
その刺々しい痛みさえ感じる視線にひかるは内心悲鳴を上げていた。
そんな彼女の様子を気にした風もなく叢欺は暫くひかるを観察していたが、おもむろに後ろを振り返った。
一瞬鋭い視線が自分から逸らされたことに安堵するものの、叢欺の後ろから現れた青年に思わず眉間に小さな皺が寄った。
 
出てきたのは自分と同じ十六歳くらいの少年。
瞳の色は薄い碧で水色の髪は巾で綺麗に纏められている。
肌は色白で、少し丸められた背のせいで酷く華奢に見える。
綺麗で儚い見た目と何処かおどおどしているその様子に、下手な女よりもよっぽど女らしく見えた。
それでも男だと分かるのは、彼が男物の服を着ているからに過ぎない。
それがなければもれなく女に間違われること請け合いだ。
 
というか、どうしてこの世界の人たちは揃って髪やら瞳の色がアニメみたいな色をしているのだろう・・・。
この世界は全体的に中国風だ。
ヨーロッパとかならともかく、中国や日本などのアジア系は黒髪に黒目が基本中の基本。
まぁそこは異世界(認めたくないけど)なのだからそんな基本は通用しないのかもしれないが、今まで生きてきて黒髪か金髪か茶髪くらいしか見たことがなかったからとてつもなく違和感を感じてしまう。
水色やピンクとか以ての外だ。
いや、まぁそれで似合っているのだから別にいいのだが、それでもそれとは違った違和感はどうしても拭えない。
それともこんな考えは古いのだろうか。
もしかしてこんなことを思うのは私だけ・・・!?
 
 
変なところを疑問に思いながらひかるはじっとおどおどと前に進み出てくる少年を見つめた。
こちらに近づいてくる少年を興味深々に見るひかるに対して、叢柴はあからさまに眉間に皺を寄せる。
 
 
「何故螢寡(ケイカ)が・・・。父よ、夙破(シュクハ)はどうされた?」
 
 
不機嫌そうなその声に、目の前の少年の身体が可哀想なくらいびくっと大きく震えた。
それがとてつもなく哀れに思えて自分の状況ほっぽいて頭を撫でてあげたくなる。
 
なんだか母性本能をものすごく刺激するタイプだ。
 
そんなひかるの心境も知らず、叢欺と叢柴は話を続けていた。
 
 
 
「夙破はまたいつもの放浪癖が出てな・・・。今おらんのだ」
「いつ戻るのかお分かりにならないのか?」
「おぬしもあやつの放浪癖がどんなものか知っておろう。帰ってくるのはいつになるか分からん。まぁ螢寡も星詠みの端くれ、神子かどうかくらいは分かろう」
 
 
おいおい、いねぇのかよ。
放浪癖って・・・そんなんで本当にいいのか??
 
 
まだ見ぬ夙破という男と、のほほんと言う叢欺に呆然となりながらひかるは近づいてくる螢寡を見つめた。
彼はひかるの両隣に立つ叢柴と汐燕にびくつきながらも目の前に膝をついて引き攣った笑みを浮かべてくる。
そのままこちらを覗きこんできた。
 
 
「えっと、あの・・・ちょっと失礼しますね」
 
一言断りを入れて螢寡はおもむろにひかるの額に右手の人差し指と中指を当てた。
そこから不意に襲い来るデジャブ。
なんともいえない強い衝撃が全身を襲い、頭がぐらぐらして酷い吐き気がする。
 
 
 
 
 
似たような感覚を、私は知っている。
同じ感触を、私は知っている。
 
 
あれは何
 
 
あれは誰
 
 
 
 
私は・・・・・・ナニ・・・・・・?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「彼女は神子に間違いありません」
 
 
螢寡の言葉にひかるははっと我に返った。
先ほどの数分ともいえる時間の記憶が綺麗さっぱりなくなっていた。
まるで不透明な悪夢を見た後のような恐怖だけを残した後味に、ひかるは冷や汗が流れるのを感じた。
酷く頭が痛んで身体の震えも抑えることが出来ない。
 
ひかるの異変に気がついて汐燕が大丈夫かと小さく声をかけてくる。
しかしひかるにはその声に答えるだけの余裕がなかった。
汐燕の声に叢柴や叢欺、螢寡もひかるの異変に気が付いて彼女に視線を向ける。
螢寡は再びしゃがみ込んでひかるを覗き込むと心配そうに頬を撫でてきた。
 
 
「すみません。僕が彼女の“中”を覗いたせいで少し疲れちゃったみたいですね・・・」
 
「大丈夫か、ひかる?」
 
 
反応せず、ただ蹲るひかるに今まで何もしなかった叢柴が動いた。
素早くひかるの傍らに膝をつき、彼女の膝裏と背に手を添える。
そのまま叢柴はぐいっとひかるの身体を持ち上げた。
俗に言うお姫様抱っこである。
それに普段なら恥ずかしがって大暴れするひかるだったが、しかしこの時ばかりは少しの抵抗もしてこなかった。
ただ力なく、ぐったりと叢柴に身を委ねている。
その頼りない様子に叢柴は顔を顰めさせると、ひかるを抱いたままおもむろに歩き始めた。
この場にいる全員に背を向けて扉へと歩いていく。
 
 
「待て叢柴。何処へ行く?」
 
「この者が神子であることは分かったはず。・・・彼女を部屋へと連れてゆく」
 
 
こちらを振り返ることもせず抑揚のない声で一言そう告げると、叢柴はそのまま部屋を出て行った。
 
 
 
**********
 
 
 
ひかるは朦朧とする意識の中、自分を抱く腕の温かさをずっと感じていた。
先ほどまでの頭痛や悪寒は既に去り、今は急激な睡魔がひかるを包み込んでいる。
けれど何故か今眠ってはいけない気がして、気を抜けば閉じてしまうそうになる瞼を必死に持ち上げていた。
 
不意に扉の開く音が聞こえ、暫くすると柔らかいものの上に横たえさせられた。
それと同時に離れていくぬくもりに咄嗟に手を伸ばす。
 
 
 
 
 
 
 
 
力なく伸ばされた手に気が付いて、叢柴は戸惑ったようにその手を見つめた。
それでいて何となく自分も手を伸ばして彼女の手に触れさせてみる。
その瞬間、きゅっと赤子がするように握り締められ叢柴は不思議そうにまどろんだように寝台に横になっているひかるを見やった。
寝ぼけているような虚ろな光を宿した彼女の瞳がこちらに向けられる。
 
 
「叢柴、さん・・・」
「・・・何だ?」
 
「私・・・ここにいて、いいんでしょうか・・・・・・?」
 
 
いつにないひかるの弱気な言葉に叢柴は驚いたように目を見開かせた。
だがそれは、ひかるにとっては幾度となく思ったことだった。
 
 
自分はここにいてはいけない気がする。
この国に・・・いや、この世界に。
螢寡に額に触れられた時、その考えは一層強くなっていた。
 
自分はこの世界にいてはいけない。
 
警告にも似た感覚がしきりに自分にそう訴える。
けれどそれと同時に、ここに来て歓喜している気持ちも自分の中に確かに存在して・・・。
 
いったいどちらが本当で、どちらが正しいのか分からない。
だからこそ聞きたかった。
誰でもいいから、答えてほしかった。
 
 
 
不安定に揺れるひかるの瞳に叢柴は無意識に彼女の手を強く握り返していた。
 
 
 
「案ずるな。お前はここにいて良い」
「本当に・・・・・・」
「不安ならば何度でも問うが良い。私も汐燕もお前がここにいることを望んでいる」
「叢柴、さん・・・」
「分かったなら、今は眠れ」
「・・・は、い・・・・・・」
 
 
そっと瞼の上へ手をかざせばひかるは大人しくそっと瞳を閉じる。
安心したように眠るひかるを見つめながら、叢柴は暫く彼女の手を握り締めてやっていた

 

 

 

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