二つの光と二つの闇

 

ひかるは白い世界に一人佇んでいた。
 
見渡してみても何もなく、どっちが上でどっちが下なのかも分からない。
自分ははたしてちゃんと立っているのだろうか。
ためしに声を出そうと思っても声は出ず、身動きも取れない。
何も出来ない状態でただぼんやりと白い世界に存在している。
 
普通はこんな時は不安なり恐怖なり感じたりするものなのだが、不思議とそういった感情は湧いてこなかった。
自分がここにいることが当たり前とさえ思えてくる。
 
 
何も考えず、ただ全てを何かに委ねようとしたその時、微かな声が鼓膜を震わせた。
 
 
 
 
 
『ようやく、会えた・・・』
 
 
(・・・誰?)
 
 
 
 
 
声が出ないため、ひかるは心の中で問いかけた。
声はとても嬉しそうに弾んだように響いてくる。
 
 
 
 
 
『もうすぐ、もうすぐ・・・−−−』
 
 
(何がもうすぐなの?)
 
 
『迎えに、行くよ』
 
 
(迎え・・・?)
 
 
『やっと・・・やっと・・・・・・−−−』
 
 
(待って。何がやっとなの・・・?)
 
 
 
 
 
消えていく声にひかるは必死に呼びかける。
何故かその声を引き止めなければいけない気がした。
動かない腕を必死に伸ばそうと躍起になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『貴女は    のもの・・・・・・』
 
 
 
 
 
突然襲ってきた落ちるような感覚にひかるは悲鳴を上げた。
 
 
 
**********
 
 
 
ひかるは悲鳴を上げて勢いよく飛び起きた。
 
心臓が煩く鳴り響いている。
身体中から冷や汗が流れ、濡れた服が身体に張り付いて気持ちが悪い。
胸に競りあがってくる不安感を消し去ろうと胸を押さえて深呼吸を繰り返した。
 
 
 
大分落ち着いてきて、ひかるは胸に当てた手をそっと下ろした。
先ほどまで夢を見ていたような気がするが、その内容が全く思い出せない。
なんだかすっきりしない感じに眉を潜めたその時、扉の向こうから騒がしい音が聞こえてきてひかるは視線をそちらに向けた。
 
どうやら女官たちが騒いでいるようだ。
 
何かあったのだろうかと寝台から下りたその時、扉からいきなり守葉が慌てた様子で駆け込んできた。
突然のことにひかるは驚愕に目を見開く。
何しろ、いつも何があっても落ち着き払っているあの守葉が慌てているのだ。
これで驚かない方がおかしい!!
 
 
まぁそれは兎も角として、酷く焦っている様子でこちらに近づいてくる守葉にひかるは心配そうにその顔を覗き込んだ。
 
 
「守葉、そんなに慌ててどうしたの?」
「ひ、ひかる様!早くお逃げ下さい!!」
「・・・は?」
「お早く!でなければあのお二方が来てしまいます!!」
「えっと、とにかく落ち着いて。お二方って誰のこと?」
「とにかくお逃げ下さ「あーーーっ、見つけた!!」
 
 
守葉の言葉を遮って響いてきた声に、守葉はびくっと身体を震わせ、ひかるはびっくりして顔を上げた。
扉が大きく開かれ、そこから慌てている女官たちを押しのけるようにして二人の少女が中に入ってきた。
 
 
一人はきりっとしたような何処か迫力のある少女。
赤茶色の癖のある髪を背中まで伸ばしていて、少し吊り目がちの大きな瞳に強い光を宿している。
堂々と歩く様はどこか威厳があり、女の目から見てもとてもかっこよく見えた。
 
もう一人の少女は一言で言えば可愛い系。
艶やかな黒髪は肩につかない程度の長さで輪郭を彩り、漆黒の瞳は大きくとても愛らしい。
少し微笑むだけでその背後に咲き乱れる花が見えてしまいそうだ。
 
 
そんな類の違う美形顔負けの二人の少女の突然の登場に、ひかるはたじたじになった。
そんなひかるの様子を気にした風もなく、黒髪の少女は『いたいた!』とはしゃいだ様子でもう一人の少女の腕を取ってこちらに近づいてくる。
二人がもう少しで手が触れる程近づいてきたその時、守葉がさっと背にひかるを庇って少女たちと対峙した。
 
 
 
「お待ち下さい、王(オウ)将軍、香(コウ)夫人。・・・鳳琉(ホウリュウ)様の許しは頂けたのですか?」
 
 
その言葉はひかるには全く意味の分からないものだったが、少女たちにとってはとても意味があるものだったらしい。
女官たちの制止など聞く耳持たなかった彼女たちが足を止めたのだ、その威力は絶大だといえる。
だがそれは同じくらい彼女たちにとって不愉快なものであったらしい。
赤茶色の髪の少女は見るからに不機嫌な顔になり、黒髪の少女は満面の笑みを消して悲しそうに項垂れた。
 
 
「・・・ちっ、あの陰険軍師。守葉まで知ってるなんて、何処まで手回ししてんのよ」
「やっぱりダメですか、守葉さん?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「誰が陰険軍師だ・・・」
 
「こんなところにいたのか、夏珠(なつみ)」
 
 
 
 
 
小声で呟いた悪態と問いかけに守葉ではなく二つの低い声が答えた。
 
そちらを振り返れば見知らぬ男二人が扉のところで仁王立ちになり少女二人を睨み付けていた。
いや、睨みつけているのは片方だけでもう一方は薄く微笑んでいるのだが、その微笑みもなんとなく黒いものが混じっているように思えて恐ろしい。
 
 
睨んでいる方の男はまさに黒。
長い黒髪を無造作に後ろに括り、黒い着物のような服をこれまた無造作に纏っている。
そのせいで胸元は大きく開いており、嫌でも鍛えられた胸板や腹筋が見えてしまう。
端整な顔立ちをしてはいるが、その鋭い切れ長の金の瞳のせいで周りを寄せ付けないような雰囲気を醸し出していた。
 
もう一方の男はぱっと見は女のような顔立ち。
薄緑の髪は綺麗に巾で包んで結い上げており、そこに簪まで挿している。
薄紅の瞳は切れ長で、布をふんだんに使った服を身に纏ったその姿はとても涼やかで風情が感じられた。
 
 
 
眉目秀麗で偉丈夫な二人の男の登場に知らず女官たちが感嘆の息をつくのが聞こえる。
だがひかるにとってはこんなこと願い下げだ。
美少女二人だけでも迫力ものなのに、そこに美青年二人が加わるなんて冗談じゃない!
 
そう思っているのはひかるだけではないようで、目の前の二人の少女は身体を強張らせて頑なに後ろの男たちを振り返ろうとはしなかった。
ここでわざとらしく青年二人に声をかけた守葉は、庇われていてなんだが鬼なんじゃないかと思う。
 
 
「ああ、鳳琉様に亮凍(ロウカ)様。来て下さって助かりましたわ!」
 
「女官たちから知らせが来たのでな。・・・全く何をしておる、椿華(はるか)。大人しく待っていろといったであろう」
「夏珠もだ。全くいないと思えば・・・」
 
 
二人の言葉に二人の少女は渋々男たちを振り返った。
 
 
「いいじゃない、ちょっとぐらい!ていうか最初は星詠みがOKしたら会いに行っても良いって言ったじゃない」
「“おっけい”とは何だ・・・。お前の世界の言葉は分からぬものがある故注意せよと言ったであろう」
 
「でも、あたしたちだってこれでも頑張って待ったんだよ?」
「それは分かるが・・・」
 
 
赤茶色の髪の少女と黒髪の青年が睨み合い、上目遣いに訴える黒髪の少女に薄緑の髪の青年が苦笑する。
だがそんな四人の様子よりも、ひかるは青年二人が口にした名前が気になっていた。
 
 
「あ、あの・・・」
 
守葉の背から抜け出して四人に近づく。
ゆっくりと振り向く青年二人に対して少女二人は弾かれたように勢いよくこちらを振り返ってきた。
 
 
「さっき・・・椿華と夏珠って・・・・・・」
 
 
ひかるの言葉に二人の少女は見るからにぱあっと顔を輝かせた。
勢いよくこちらに駆け込んでくる。
 
 
「そうなの!私、芹沢 椿華(せりざわ はるか)っていうの!!」
「あたしは朝香 夏珠(あさか なつみ)!」
 
「その名前・・・。二人とも、もしかして・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「「私たち、貴女と同じ世界から来たのよ!」」
 
 
 
赤茶色の髪の少女・椿華と黒髪の少女・夏珠の言葉にひかるは呆然と二人を見つめた。
椿華も夏珠もにこにことひかるを見つめている。
 
 
「じゃ、じゃあ貴女たちも・・・神子・・・・・・?」
「ううん、違うよ。あたしたちは唯の異世界人」
「異世界を繋ぐ力を持っている妖魔がいて、そいつが死んだ時に時空の歪みが出来るの。私たちはそれに偶然巻き込まれちゃってね・・・」
 
 
苦笑する二人にひかるは目を見開いた。
 
 
 
それはあまりにもな話ではないか。
 
自分はまだいい。
いきなり異世界に来て『神子だ!』と言われるのもはた迷惑な話だが、それでもまだ自分には異世界に来たそれなりの理由がある。
 
だがこの二人は全く違う。
何の意味もなく、ただ巻き込まれたというだけでこんなところまできてしまっただなんて。
 
 
そんな理由で家族も友達も、自分の住んでいた場所まで失ってしまっただなんて・・・−−−。
 
 
 
 
見れば後ろの青年二人も痛ましそうに彼女たちを見つめていた。
きっと彼らも自分と同じことを思ったのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
ひかるの視線に気付いたのか椿華と夏珠がにっと笑ってそれぞれ青年二人の側に駆け寄った。
そのまま椿華が黒髪の青年の、そして夏珠が薄緑の髪の青年の腕を抱きこんでこちらを振り返る。
 
 
「紹介させて!こっちは鳳琉。こう見えても希代の軍師・・・らしいです」
「おい、らしいとは何だ」
「それで、こっちは亮凍だよ!」
「初めまして、神子殿」
 
 
黒髪の青年・鳳琉は深いため息をつき、薄緑の髪の青年・亮凍は深く頭を下げてきた。
それに慌てて応えながら四人の仲睦まじい様子にひかるは恐る恐る口を開いた。
 
 
「四人ってもしかして・・・」
 
 
そこで口を閉じるひかるに椿華と夏珠は顔を見合わせて同時ににへらっと笑って見せた。
 
 
「あははは、何気に付き合ってます」
「何気に結婚しちゃってます」
 
ちなみに上が椿華、下が夏珠の台詞だ。
 
 
そんな二人にひかるは呆然となり、鳳琉はため息をつき、亮凍は苦笑を浮かべている。
だがそれでも二人が彼女たちを見る目は何処か暖かい光を宿しているように見えた。
しかしそんな彼らの視線に気がつかないのか、彼女たちはさっと腕を離すとすぐにひかるのところに戻ってきた。
 
 
 
「そうだ!ねぇ、これから一緒に城下に行かない?道案内してあげるから!」
「いいね、行こう!今までのこととか、あっちの世界のこととかも聞きたいし!」
「えっと・・・」
 
 
 
 
 
「なりません!何かあったらいかが致します!!」
「バカなまねはやめろ!!」
「少しは大人しくしてくれ!!」
 
 
迷うひかるに守葉、鳳琉、亮凍の叱責の声が飛ぶ。
それに椿華が不機嫌そうに鳳琉を振り返った。
 
 
「ちょっと、私が護衛で不満だって言うの?」
「そういう意味ではない!とにかくそのような愚かな考えは改めろ!」
 
「この分からず屋!!」
「石頭!!」
 
 
椿華の悪態に夏珠も加わる。
だがそれに怯むような鳳琉たちではない。
諦めろというかのように睨み付けてくる三人に椿華と夏珠は最終手段をとることにしたようだ。
 
二人はむんずっとひかるの腕をそれぞれ掴むと一気に窓の向こうへと全力疾走した。
突然のことに呆然となる三人を気にした風もなく、椿華たちはそのまま窓から外へと飛び出す。
ひかるも腕を引かれるままに外へと飛び出した。
 
 
 
 
 
騒然となる城を背後に三人の少女たちは外の世界へと足を踏み出した

 

 

 

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