運命という名の歯車

 

どこか静かで、それでいてどこか騒がしい昼時。
いつも通りの、少し気怠い学校の掃除時間。
 
ひかるは使いすぎて毛が荒れた箒を両手に持つと、自分の教室前の廊下を黙々と掃除していた。
特別仲の良い友人が近くにいるわけでもなく、それで自然と無駄話もせずに掃除に熱中する羽目になる。
そんな中、ひかるはふと名前を呼ばれたような気がして後ろを振り返った。
しかしそこには誰もおらず無意識に小首を傾げる。
 
 
(おかしいなぁ・・・。確かに聞こえた気がしたんだけど・・・・・・。)
 
 
「何なんだよ、全く・・・」
 
お世辞にも女性らしからぬ言葉遣い(My母上談)でため息をつく。
 
 
 
 
 
最近、こんなことがずっと続いている。
誰かに呼ばれているような気がしたり、声を聞いたり。
 
そのたびに周りを見渡したりしているのだが、誰も自分を呼んでいるような人はおらず、いつも不思議に首を傾げていた。
最初は不思議だとか、空耳かとあまり気にはしなかったのだが、流石にこうも続くと不安にもなるし何より気味が悪い。
 
ひかるは大きく顔を顰めさせると、もう一度大きなため息をついて再び箒を持つ手を動かし始めた。
いつまでもこうして突っ立っているわけにもいかない、早く掃除を終わらせなければ、と自分に言い聞かせる。
それで怖がる自分の心を何とか落ち着かせた。
それでもやはりどこか気も漫ろで、ひかるは気分を変えるために逃げるようにこの場を後にしようとした。
その時・・・−−−
 
 
 
 
 
「ひーかーるーちゃーんっ!!」
「うえっっ!!」
 
突然後ろから伸ばされた両腕が首に絡まり、そのまま勢いよく後ろへと引っ張られた。
その勢いに負けてひかるがこれまた女性らしからぬ声(My母:略)を上げる。
それに背後の犯人が大げさに呆れた声を出した。
 
 
「うえって・・・、ひかるちゃんも女の子なんだから、いい加減その言葉遣いやめたら?」
「うっ・・・そんなこと、より・・・・・・苦しいんだよ、ばかたれっ!誰のせいでこんな声が出たと思ってんのよ!!」
「え〜、僕のせいですか〜?」
「当たり前でしょっ!!」
 
未だ首に絡み付いて離れない相手の両腕を引っぺがして怒鳴る。
けれどそんな事お構いなしに、にこにこ笑っているのはひかるの幼馴染である月宮 恭介(つきみや きょうすけ)。
どうしてよりにもよってこんな男が私の幼馴染なのだろうとひかるは常々そう疑問にも不満にも思う。
今も耳元でぎゃーぎゃー騒いでるし・・・。
ああ、もう五月蝿い!
 
 
「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。ちょっと抱きついただけじゃん、幼馴染でしょ?」
「でしょ、じゃない!いきなり抱きついたらびっくりするでしょ!!只でさえ最近変な感じがして気分悪いのに・・・」
「変な感じって・・・何かあったの?」
「最近、誰かに呼ばれたような気がしたり、でも周り見ても全然そんな感じじゃないし。・・・そういうことがずっと続いてんの。もう気味悪いったら!」
「えっ、何それ!僕そんなの初耳なんだけど!!」
「だって言ってないもん。初耳なのは当然でしょ」
「・・・・・・へ〜、そんなことがあったんだ・・・」
 
器用に片眉だけをくいっと吊り上げて言うひかるに、恭介が小さくぶつぶつと呟く。
その声があまりにも小さくて、ひかるは聞き取ることができなかった。
顔を訝しげに顰めて恭介を見やる。
 
「なに・・・?」
「・・・いや、何も・・・。・・・それよりも僕、ちょっとひかるちゃんに話したいことがあるんだけど、二人だけで話したいからあっちに行こうよ!」
「・・・・・・告白ならお断りよ」
「な、何言ってんの!ひかるちゃんに告白なんて恐れ多い!!」
 
 
 
おい、恐れ多いって何だよ、恐れ多いって!
本当に失礼な奴だな!!
 
 
失礼な言葉に思わず子供っぽく頬を膨らませる。
 
 
「そんなに勢い良く否定しなくてもいいじゃない・・・。っていうか、恐れ多いって何よ!」
「だって恐れ多いじゃない!・・・とにかく話したいことがあるからちょっと来て!!」
「えぇっ、でも・・・掃除っっ!!」
「そんな事どうでもいいのーっ!!!」
 
慌てるひかるをよそに彼女の手首を掴むと、恭介はそのまま脱兎の如くその場を走り去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ちょっと待ってって!」
 
 
誰もいない図書室に入ってやっと走るのを止めた恭介に、ひかるは息を切らせながら乱暴な動作で掴まれていた腕をやっとの思いで振り払った。
掴まれていた手首を見るとーーーよほど強い力で引っ張られていたのだろうーーー赤くなって少し腫れている。
 
コノヤロウ、手首が腫れたらどうしてくれるんだ。
嫁入り前の女の子の珠の肌になんてことを!
覚えてろよっ!!
 
 
「全くもう・・・そんなに引っ張らなくてもちゃんと付いて行くっての・・・・・・」
 
 
まだ少し痛む手首をこすりながら恭介を見れば、恭介は本棚をあさり何かを探しているようだった。
それだけならばまだしも、本棚に入っていた他の本たちは恭介が探しているものではなかったらしく次々と床に放り投げられていた。
 
「ちょっ、ちょっと!あんた何やってんのよ!!」
 
その乱暴さに咄嗟に声を上げる。
もともと読書が好きで自分で言うのもなんだが何かと本もとても大事に扱っている。
だからこそ本を乱暴に扱う恭介の行動に不平を零しながら床に散らばっている本を拾い上げようと慌ててかがみこんだ。
 
 
 
 
 
 
 
「あっ、あったあった!」
 
 
何冊か腕に抱え本を拾っていると、探していた本が見つかったのだろう、頭上から恭介の嬉しそうな明るい声が聞こえてきた。
その声に本を拾っていた手を休め恭介を見上げる。
すると彼は満面の笑みで手に持っている古めかしい厚く大きな本を自慢げに掲げて見せた。
けれどその本を見て、ひかるは思わずはて・・・、と首を傾げた。
 
自分はこの図書室にある本を殆ど読んでしまっているのだが、あんな本はあっただろうか。
 
訝しげにその本を見つめるひかるに、だがそんな様子も気にせず恭介は何故かうきうきした様子でその本のページをめくってまた何かを探し始めた。
そんな彼を放っておいてこのまま本を片付けようか、それとも恭介に何をしているのか尋ねようか悩んでいると、またもや頭上からあったあったという楽しげな声が聞こえてきた。
 
 
「ひかるちゃん、ちょっとこっち向いて!」
 
「え?」
 
 
急に声をかけられ咄嗟に見上げたひかるの額に、突然恭介の右手の人差し指が触れた。
それと同時に急に身体が動かなくなり、声を出すことも出来なくなる。
それにひかるは内心ひどく動揺していたが、いつの間にかかがみこんで目の前にある恭介の顔を呆然と見つめることしか出来なかった。
 
 
 
(な、何?!身体動かないし、声も出せない・・・)
 
 
思わずパニック状態に陥るひかるに、なおも額に人差し指を当てながら恭介は優しく微笑みかけた。
 
 
 
 
「ひかるちゃん、ごめんね。もうタイムオーバーみたいなんだ」
 
 
(何、言ってるの・・・?恭介、ふざけるのもいい加減にして!!)
 
 
「もうひかるちゃんに会えなくなるのは僕も悲しいけど、これも運命だからね〜・・・」
 
 
(会えないって・・・どういうことよ!運命って・・・・・・)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ばいばい、ひかるちゃん」
 
 
 
 
 
その声と共に、強い睡魔がひかるを襲う。
眠ってはいけないと頭のどこかで声が叫ぶが、もうこの睡魔を押しのけることは出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
暖かな眠りが、安らぎの夢が、過酷な運命の歯車を廻し始めた。

 

 

 

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