新たな出会い

 

穏やかな日光と風が流れ、鮮やかな緑が楽しげに踊り歌う。
それらが視界の端で動くのを感じながら、ひかるは緊張した面持ちで前を歩く高い背について足を動かしていた。
 
 
ここは屑の国の都・郷極にある城、朱汪城。
 
長い眠りからやっと覚めたひかるは、今は身支度を整え、朱汪城の主であり屑の国主でもある男に会うために歩を進めていた。
 
鮮やかというよりは、素朴な暖かな美しさを持つ城。
自分が今までいた翆国の城は、どちらかというと厳格な雰囲気が漂う、何処までも計算された美しさを持つ城だった。
しかし、この朱汪城はそんな緊張のような雰囲気とは全く無縁のような穏やかさを持つ城だった。
どちらも城という同じ建造物のはずなのに、国や住んでいる人間が違うだけでこんなにも雰囲気が違うものなのか・・・。
ひかるは必死に足を動かして目の前の背について歩きながら、キョロキョロと目だけを動かしてそんなことを思った。
 
 
その時、不意にその目に大きな扉が飛び込んできた。
全てが銅で作られた、何とも重そうな雰囲気が漂う大きな扉
その面には多くの睡蓮や神獣・麒麟の姿が事細かに彫り込まれていた。
それを見上げ、思わず呆然と目を見開かせる。
そんなひかるを、目の前を歩いていた清蘭が静かに振り返る。
 
 
「・・・ここが謁見の間だ。この中に我らが主がいる。・・・・・・準備はいいか・・・?」
 
静かな声で確認され、ひかるは緊張の色を顔に浮かべながら何とか大きく頷いてみせた。
それに清蘭は初めて小さく表情を緩ませる。
笑みだと言えなくもない表情を浮かべ、穏やかな目でひかるを見下ろした。
 
「・・・そう緊張しなくともいい。我らが主は気性の穏やかな方。心配する必要はない」
「あ、ありがとうございます・・・」
 
穏やかでいてどこでも静かな声に、ひかるは小さく礼を言って頭を下げた。
それに清蘭も小さく頷いて再びこちらに背を向ける。
二度扉を小さくノックし、中からの反応を待った。
 
あんな小さな音で本当に中に聞こえるのだろうかとひかるが疑問に思う中、しかしその考えは杞憂だったようで、不意に中から扉が小さく開かれた。
出来た隙間からひょこっと少女の顔がこちらを覗き込んでくる。
 
 
「・・・これは、清蘭様」
「・・・・・・例の少女を連れてきた。陛下へのお目通りを願いたい」
「そうですか、彼女が・・・。お待ちしておりました、どうぞお入りください」
 
少女はチラッとひかるを見やった後、納得したように小さく頷いてみせた。
扉を完全に開き、ひかるたちを中へと招き入れる。
それでいて少女は清蘭とひかるが完全に中へと入ったのを確認して扉を閉めると、そのまま二人を部屋の中へと招いて行った。
 
 
ここは翆国で見た謁見の間と同様、とてつもなく広い空間だった。
 
どこまでも広く、そして高い天井。
足場にはまるでレッドカーペットのような紅い布が敷かれ、視線の先には高い階段と台座が鎮座している。
それは誰が見ても分かる、王の玉座。
そしてそこには、砂金色の長い髪を首元で一つに括った一人の男が悠然と腰を下ろしていた。
紅と藍のオッドアイが穏やかな光を宿し、玉座へと歩を進める三人を静かに見下ろしていた。
 
 
「・・・主上、清蘭様と例の少女をお連れしました」
「ご苦労だった、凛蓮(リンレン)。それに清蘭も、ご苦労だったな」
「・・・いいえ・・・」
 
玉座まで歩み寄って礼を取る少女に、後ろについていた清蘭とひかるも床に膝をついて頭を下げる。
そんな三人に、玉座の男が短く労いの声をかけた。
どこまでも深みのある、どこまでも穏やかな声。
それにひかるは少女や清蘭と同様に礼を取りながら、緊張が徐々に取り除かれるのを感じていた。
そんなひかるに頭上から声がかけられる。
 
 
 
「そなたが・・・ひかる殿か。顔を上げてくれ」
 
 
そう請われ、恐る恐る下げていた顔を上げる。
最後に残る緊張を無くすためにそっと息を吐き、それでいて頭上の玉座を見上げた。
それに玉座に座る男は小さくオッドアイの目を細めさせ、柔らかな微笑を浮かべてみせた。
玉座から静かに立ち上がり、ゆっくりとした動作で階段へと足を進ませる。
 
男は長い裾に阻まれることなく流れるように階段を下りると、ひかるの目の前まで歩み寄ってきた。
その突然の思わぬ行動に、ひかるは思わず目を見開いて呆然と目の前の男を見上げる。
そんな彼女の様子に、男は楽しげな笑みを浮かべて、そっと手を差し伸ばしてくる。
 
 
「俺は風抄(フウショウ)。この屑の君主をさせてもらっている」
 
そう言ってひかるの手を取り、そのまま立たせてやる。
それに一気に互いの距離が近くなり、ひかるは未だ呆然としながらもマジマジと風抄を見つめた。
 
年の頃は三十手前といったところか。
しかし髭を生やしていないせいか、はたまた艶やかな色違いの目や髪の彩のためか、彼は随分と若々しく目に映った。
それに加えて暖かな陽だまりのような穏やかさが男を包み込み、初対面であるはずなのにひかるは大きな安堵を感じるような気がした。
 
 
「・・・私は、水崎ひかるといいます。・・・助けて頂いて、ありがとうございました」
 
人のよさそうな雰囲気に安心して、小さな笑みを浮かべてそう頭を下げる。
それに風抄は小さな笑みを浮かべた。
それでいてゆるりと首を横に振り、未だひかるの横で片膝をついて頭を下げている清蘭に目を向けた。
 
「礼ならば清蘭に。そなたを助けたのは彼女なのだから」
 
そう言って風抄は次には清蘭にも手を伸ばして立ち上がらせた。
その様は、お世辞にも一国の王には見えない。
だがそれは決して悪い意味ではなく、ひかるは風抄にとても良い印象を持った。
 
と、その時・・・。
 
 
不意に後ろの銅の扉からノックオンが聞こえ、ひかるたちはほぼ同時にそちらを振り返った。
すぐさま凛蓮が扉へと駆け寄り、外へ顔を覗かせる。
そのまま何事かを話し、それでいて扉を大きく開け放った。
二人の青年を中へと招き入れ、それでいてこちらへと案内する。
 
「主上、清翠(ショウスイ)様と龍生(リュウセイ)様がいらっしゃいました」
「おお、良いところに!」
 
凛蓮について謁見の間へと入ってきた二人の青年がこちらに近づいてくる。
それに風抄は笑顔で彼らを迎えた。
ひかるの背を軽く押し、二人の青年と引き合わせる。
 
「主上、この少女は?」
「水崎ひかる殿。清蘭が三日前に山賊から助けた少女だ。ひかる、彼らは俺の臣下で金髪の方が龍生で、黒髪の方が清翠だ。清翠は清蘭の兄でもある」
「あっ、初めまして。水崎ひかるです」
「私は清翠と申します。お会いできて光栄ですよ、水崎ひかる殿」
「・・・随分と変わった名前ですね」
 
丁寧に挨拶してみせるひかるに、清翠も綺麗な笑みを浮かべて丁寧に挨拶を返す。
その隣では龍生が若干怪訝そうな表情を浮かべてひかるを見つめていた。
 
三人の偉丈夫に囲まれ、その内の二人に熱心に見つめられる。
そんな慣れぬ状況に、ひかるは思わず少しだけ頬を赤く染め上げた。
この世界に来て異様にかっこいい人たちに会って囲まれてきたから大分慣れてきたかと思っていたが、自分が思っている以上にそうでもなかったようである。
 
そう内心で思いながら、ひかるは赤くなっていく顔を誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。
その時、不意に清蘭が顔を近づけてこちらを覗き込んできた。
 
 
「・・・そういえば、君からは何か不思議な波動を感じますね。これは確か前にも・・・・・・」
「?どういうことだ、清翠?」
「分かりませんが・・・この感覚は確か、前にも・・・・・・」
 
不思議そうに顔を覗き込んでくる清翠に、風抄が不思議そうに小首を傾げる。
そんな中、ひかるは思わず小さく顔を引き攣らせた。
 
 
これはもしかしなくとも、彼にも“星詠み”の力があるということだろうか・・・?
 
 
そう思い至った瞬間、ひかるは内心で大量の冷や汗を流した。
 
これまでひかるは螢寡の授業や叢柴たちの口から幾度となく“五つ星の神子”について、周りへの危険性を聞かされてきていた。
ここでもし自分が“五つ星の神子”であるとバレたら・・・・・・。
そう思っただけでひかるは一気に血の気が引いていくのを感じた。
どうあっても自分が“五つ星の神子”であることを知られてはならない!
そう瞬時に判断すると、ひかるは背中に冷や汗をだらだらと流しながらも顔では笑みを浮かべて見せた。
 
「ああっ、いや、気のせいだと思いますよ!私に変な波動を感じるとか、ありえないですし!」
「・・・いや、でも・・・確かに・・・・・・」
「気のせいですって!だって私はただの女の子だし!そ、それに名前が不思議なのも偶然ですよ!」
 
何とか紛らわせようと引き攣った笑みを浮かべて口を回しまくる。
しかし彼らは一様に浮かない表情を浮かべていた。
それに更にだらだらと冷や汗を流す。
そのまま引き攣った笑みという何とも言えない表情を浮かべるひかるに、彼らは暫く彼女を見つめた後、互いに顔を見合わせあった。
そんな中、不意に龍生が清翠の方を振り返る。
 
「・・・・・・そういえば、清翠様だけが人間に対して感じる不可思議な感覚と言えば、一つしかないのでは・・・?」
「え?・・・ああ、そういえば・・・・・・」
「・・・確かに、そうだな・・・・・・」
「そう、ですね・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 
その言葉にひかる以外のこの場にいる全員が小さな声を上げる。
それでいて清翠は納得したように少し苦笑の表情を浮かべてひかるを見つめてきた。
その表情と先ほどの言葉たちに、嫌な予感がひしひしと感じてくる。
是非とも外れてほしい予感。
しかし悪い予感というものは当たるのが世の常であった。
 
 
 
「・・・・・・そうか、君は“五つ星の神子”だったのだね」
「っ・・・、どうして・・・・・・」
「正式ではないが、私も一応“星詠み”の力を持っているのだよ」
 
その予想した通りの答えに、ひかるは心の中で思わず悲鳴を上げた。
それでいて顔を地面に突っ伏すか、頭を強く抱え込みたい衝動にかられる。
 
 
どうしてこうも自分はついていないのか・・・。
賊には連れ去られるわ、気が付けば他国にいるわ、一番バレちゃいけないことが速攻でバレるわ・・・。
もう散々である。
それでいて黒いオーラを出しまくる叢柴の姿が不意に頭に浮かんできて、ひかるは思わずヒッと小さな悲鳴を上げていた。
自分が“五つ星の神子”であると他国の人間にバレたと知られれば、何を言われるか分かったものではない。
彼らは見た目や雰囲気からも悪い人たちには決して見えないけれど、どちらにせよ叱られることやお仕置きされることは間違いない。
それが、これから自分はどうなるのかということよりも怖くてならなかった。
 
ひかるの表情も次第に強張り、まるで死にそうなほどに青ざめていく。
それをどう取ったのか、清翠は安心させるように柔らかな微笑みを浮かべてみせた。
 
「・・・そう心配せずとも君をどうこうするつもりはない。どうか安心してほしい」
「・・・え、いや・・・その・・・・・・」
 
自分が心配してるのはそんなことではないと言えるはずもなく、ひかるは困ったように言いよどんで小さく目をさ迷わせた。
それを不安がっているか信じてないとでも思ったのだろう、他の風抄たちも安心させるようにそれぞれ柔らかな笑みを浮かべてみせる。
 
 
「そうだ、安心すると良い。第一、この国にはもう“五つ星の神子”がいるしな」
「・・・え・・・?」
「しゅ、主上!それは無暗に口にされては・・・!!」
「良いだろう。相手は彼と同じ“五つ星の神子”なのだし」
 
慌てて止めに入る凛蓮に風抄があっけらかんとして気にした風もなく答える。
それらを聞きながら、ひかるはキョロキョロと二人の顔を見やった。
そんな彼女の様子に気が付いて清翠が小さく笑い声を零す。
 
「ふふっ、やはり気になるかい?」
「は、はい・・・。あの、本当なんですか?“五つ星の神子”がいるって・・・」
「本当だ。今は私の屋敷にいるが・・・。・・・会ってみたいかい?」
「!?良いんですか!!?」
「彼が良ければ会わせよう。それから君の国にも文を出さなければならないな。・・・自分が“五つ星の神子”だと知っているようだし、王城で保護されていたのだろう?」
「あ、はい。まだ五行の力が目覚めていないから、公表はされていませんが・・・」
「まぁ、その判断は妥当だろうな。ならば、内密に文を出すことにしよう。あちらもさぞや心配していることだろう」
 
ひかるの言葉に二人の会話を聞いていた風抄が一つ頷いて会話に加わる。
それでいてひかるの頭に手を乗せると、にっこりと笑みを浮かべてみせるのだった。
 
 
 
**********
 
 
 
翆の国の王城は今までにない緊迫した空気と暗い雰囲気を漂わせていた。
その中でも白蘭の塔は薄気味悪いほどの静寂に満ちていた。
その塔で働く女官たちは皆暗い表情を浮かべ、心なしか庭の花々も元気がないように首を垂れているように見える。
 
どこまでも陰鬱な雰囲気。
 
 
その空気の中、二人の少女が静かな足取りで歩を進めていた。
一つの部屋へと足を踏み入れ、視線を室内へとさ迷わせる。
 
その少女たちの表情も、女官たちと同様悲しげな色を浮かべていた。
 
 
 
「・・・・・・ひかるちゃん、大丈夫かな・・・」
「・・・・・・分からない。無事なら・・・いいんだけど・・・」
 
夏珠の言葉に椿華も暗い表情のままに答える。
無意識に包帯の巻かれた左手首を右手で押さえ、深いため息をついた。
 
「・・・はぁ、あの時私がもっと気を配っていれば・・・・・・」
「椿華ちゃんのせいじゃないよ!あれは仕方がなかった。椿華ちゃんだけで私たち二人を護るなんて、どう考えても無理だもん・・・」
「・・・いくらそうでも、やっぱり居た堪れない。私が無事で、護るはずのひかるが攫われるなんて・・・・・・」
「椿華ちゃんも無事じゃないでしょう?こんなに怪我しちゃって・・・」
「こんなの怪我の内に入んないよ・・・」
 
心配そうに身体の至る所にある包帯を見つめる夏珠に、椿華は思わず苦笑を浮かばせた。
それでいて沈んだ気分を振り払うように緩く首を振って一つ息をつく。
近くの椅子に近づいて腰を下ろすと、軽く片手で額を押さえた。
そんな彼女の様子に、夏珠はあることを思いだして口を開いた。
 
「そういえば・・・、魁雫さんは相変わらず・・・?」
「ああ、うん・・・。相変わらず沈み込んでるよ。よく考えれば彼は正式な“守護星”なわけだし、責任感とかも強いから私以上に責任感じてるのかも・・・・・・」
 
最近の彼の様子を思い浮かべて更に重いため息をつく。
 
魁雫はひかるが行方不明となってこの方、まるで不治の病にでもかかったような死にそうな雰囲気を漂わせていた。
毎日の執務や鍛錬は通常通りこなしている。
しかし逆に自分を追い詰めるように必要以上に取り組んでいて、皆そんな彼を見ては心配に顔を翳らせていた。
だが普通に言っても魁雫がそれを受け入れるはずもなく・・・。
それがより一層椿華たちの気持ちを憂鬱とさせていた。
 
椿華と夏珠が同じタイミングに大きなため息をつく。
それに互いに顔を見合わせた、その時・・・。
 
 
不意に慌ただしい音が聞こえてきて、二人は外へと続く扉を振り返った。
ひかるがいなくなってからはついぞ聞くことのなかった騒がしい声。
それに何事かと二人は顔を見合わせあい、椿華は座っていた椅子から立ち上がった。
それとほぼ同時に見つめていた扉が外側から勢いよく開かれる。
 
「ああっ、椿華様、夏珠様!お二人とも、こちらにいらしたのですね!!」
「・・・守葉・・・」
「・・・どうしたの、そんなに慌てて」
 
扉から入ってきたのは、ひかる付きの女官頭である守葉だった。
彼女は普段は女官の鏡のような存在で、何が起ころうとも静かに毅然とした態度でいるため、こんな風に慌てているなど実にらしくない。
そんな意味も込めて問いかければ、守葉は落ち着かない様子で足早にこちらへと歩み寄ってきた。
 
「叢柴様がお二人をお呼びです!何やらひかる様について分かったことがあるとか!」
「「ひかる(ちゃん)の!!?」」
 
守葉の言葉に二人が勢いよく反応する。
それでいて弾かれたように素早く守葉へと詰め寄った。
 
「ちょっと、どういうことですか!?詳しく教えて!!」
「わ、私にも詳しいことは分かりかねます。ただ・・・お二人をお呼びするよう申し付けられただけでして・・・」
「・・・これは直接叢柴から聞き出すしかないみたいね。それで、何処に行けばいいの?」
「謁見の間の前で待つようにと仰っておりました」
 
小さく眉を顰めながら聞いてくる椿華に、守葉はどこかそわそわとした様子ながらも的確に問いに答えてくる。
それに椿華と夏珠は顔を見合わせあって頷き合った。
 
「分かった。とにかく行ってみるわ」
「教えてくれてありがとう、守葉さん!」
「いいえ。どうぞひかる様をよろしくお願い致します」
「うん。まだどういった知らせか分からないけど、絶対にひかるを取り戻してみせるから」
 
守葉のどこか縋るような声に、椿華は真剣な表情を浮かべて一つ大きく頷いた。
それでいて足早に謁見の間へと足を進める。
その二人の背を守葉はいつまでも見送っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
謁見の間の前まで来た二人は、そこに見慣れた姿を見つけて歩いていた足を止めた。
 
「汐燕さん!魁雫さん!!」
「・・・それに鳳流と螢寡も・・・。あんたたちも叢柴に呼ばれたの?」
「ああ、そんなところだ。どうやら二人も叢柴様に呼ばれたようだな」
「ええ、ひかるの情報を掴んだって・・・。それで、当の叢柴はどこにいるの?」
「謁見の間で主上と話してる。もうすぐ戻ってくるはずだ」
 
深刻な表情を浮かべて問うてくる椿華に、謁見側の壁に背を預けて立っていた汐燕が後ろを指差して手短に答えてみせる。
それに夏珠は不思議そうに首を傾げ、椿華は訝しげに顔を顰めさせた。
そんな彼女たちの様子に汐燕は思わず小さく苦笑を浮かばせる。
 
「どうやら屑の国から文が届いたらしいんだ・・・」
「屑?それって隣国の国よね。って言ってもこれといって関わりはなかったはずだけど・・・」
 
思わぬ国の名の登場に、椿華は一層怪訝に顔を顰めさせた。
 
屑の国とは隣同士の国だが、今までこれと言って関わりを持ったことはなかった。
戦をしたこともなければ、同盟を組んでいた訳でもない。
まったくもって接点のない相手。
そんな国が何故急に文など送って来たのか。
 
 
「・・・第一、私たちってひかるのことで呼ばれたのよね?それなのに屑からの文のことを話してるってことは・・・。ひかるは、もしかして・・・・・・」
 
ハッとしたような表情を浮かべて勢い込んで口を開く椿華。
しかし最後まで言うその前に謁見の間の大きな扉が不意に開き、椿華は咄嗟に口を閉ざした。
謁見の間の扉から出てきたのは案の定叢柴で、必然的にこの場にいる全員の目が彼へと向けられる。
それに叢柴は一瞬椿華たちを見やった後、悠々と引き結んでいた口を開いた。
 
 
「・・・・・・これから我々は屑へと向かう・・・」
 
「・・・それって、もしかして・・・やっぱり・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ひかるは屑の国にいる」
 
 
 
そのあまりにも静かな叢柴の声がこの場にいる全員に重く響いた

 

 

 

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