大乱闘

 

ひかるは汐燕の馬に乗りながら寝不足で閉じそうになる瞼を必死に開けていようと苦戦していた。
それでいて馬に揺られながら昨日の夜のことを思い出してみる。
 
もとはといえば自分がこんな状態になったのは叢柴のせいだ。
昨夜、あちらの世界−−−ここで言う私のいた世界だけれど−−−について明け方近くまで質問攻めに合い、寝たのは今から四時間ほど前。
朝の支度などで一時間前くらいに起きたから、三時間くらいしか寝ていない。
こんなに寝ていないのは受験の時以来だ。
 
 
半場身体を後ろに乗っている汐燕に預けながらこくりこくりと頭を揺らめかせていると、後ろから汐燕の小さく笑う声が聞こえてきた。
 
 
「おやおや、神子様はお寝むかい?」
「・・・その“神子様”っていうのはやめて下さい。ひかるって呼んでって昨日も言った」
「だが仮にも神子である君を名前で・・・それも呼び捨てなんて出来ないよ」
 
そう言われてひかるは不満そうに唇を尖らせる。
その表情に汐燕は大げさに両手を挙げて降参というように肩をすくめて見せた。
 
 
「分かったよ。これからはひかるって呼ぶ。・・・それで、どうしてそんなに眠そうなんだ?」
「仕方ないじゃないですか。昨日・・・っていうかもう今日ですけど、あまり眠れなかったんですから。・・・・・・あの人のせいで・・・・・・」
 
そう言って列の先頭にいる蒼い青年を睨みつけた。
それでいて気になることを思い出して、叢柴を睨んでいた視線を外し汐燕を振り返る。
 
 
「そういえば、ずっと気になってたんですけど、“五つ星の神子”についてもう少し詳しく教えてくれませんか?」
「ああ、そうだな。“五つ星の神子”っていうのは昨夜も話したとおり『この世界の平衡が崩れ乱世になった時、異なる世界からやって来る者たち』のことを言う」
「確か、新しい時代を創るのにふさわしい五つの国を見つけて、その国を導いていくんですよね?」
「ああ、一つの国に一人の神子。だから本来“五つ星の神子”は五人いるんだ」
「どうして五人に五つの国なんですか?一つでもいいのに・・・」
 
小首を傾げるひかるに汐燕は小さく苦笑した。
 
「五つある確かな理由は少なくとも二つある。一つはこの世界は一つの国が治めるには大きすぎるから。二つ目は神子は五つ星の力・・・陰陽の力を一つずつそれぞれ持っているから」
「五つ星の力?」
「そう、五つ星の力とは『火』『水』『土』『風』『木』・・・それぞれの力を操る力。『火』の力を持つ神子は『火焔の神子』、『水』の力を持った神子は『清水の神子』というように、『土』は『土の神子』、『風』は『風光の神子』、『木』は『木魂の神子』と呼ばれている。・・・といってもその力が完全に目覚めるのは神子それぞれ違うみたいだけどな」
「・・・じゃあ、その五つ星の力っていうのはこの世界に来てもすぐに使えるようにはならないってこと?」
「そういうこと。だから力が目覚めるまではお前もどの力を持つ神子か分からないんだ」
「ふ〜ん・・・」
 
 
 
話を聞けば聞くほど不思議な世界だ。
それもその話の中に自分も巻き込まれているのだから笑えない。
 
ふと違う疑問が浮かんできて、ひかるは汐燕を振り返ると小首を傾げてみせた。
 
 
「でも・・・どうして私がその“五つ星の神子”だって分かったんですか?」
 
 
 
や・・・やっぱり服装がこの世界のと違うからかな?
制服だし・・・この世界の服装と大分違うし・・・・・・。
そ、それとも私行動不審だった!?
 
 
そんなことを悶々と考えていると後ろで聞こえる笑い声にはっと我に返った。
汐燕がこちらを見ながら微笑んでいる。
 
 
「・・・・・・何がおかしいんですか?」
「いや、一人で百面相しているのが面白くてな。悪気はないんだ、すまない。それで・・・君が神子だって分かった理由だけど、それは叢柴様の力にある」
「えっ、あの人にも何か力があるの?!」
 
 
言われてみればそんな気がしてきた。
だってあの人見るからに普通な人っぽくないもん。(失礼)
でも、どんな力持ってるんだろう・・・?
 
そのままじろじろと叢柴を見るひかるに汐燕はまたもや小さく笑った。
 
 
「この世界には“五つ星の神子”を見分ける力を持つ“星詠み”っていう奴らがいる。そいつらは神子を見分けられる他にも、星を見て未来を占ったりちょっとした魔術も使えるんだ」
「魔術・・・ですか?」
「ああ。叢柴様は“星詠み”ではないが、生まれつき“星詠み”の力を持っているんだ。本業の“星詠み”には敵わないものの、不思議な力を持つ者や異形の気配が分かったりする」
「異形の気配・・・って、何ですか?」
 
 
異形って・・・まさか私のことじゃないよね・・・・・・?
 
 
けれど恐る恐る聞くひかるに汐燕は不思議そうに小首を傾げてみせた。
 
 
「何って・・・妖魔のことに決まってるだろう?もしかして・・・お前の世界にはいなかったのか?」
「そんなもの、いませんよっ!!」
 
 
思わぬ単語の登場に咄嗟に力いっぱい否定する。
 
 
妖魔などという生き物がいるなんて、想像するだけでも恐ろしい。
というか昨夜まで『こんなところ、いつか絶対逃げ出してやる』と思っていたから、それを実行していたらと思うと、そして運悪くその“妖魔”に会っていたらと思うと恐怖で身体が凍りついてしまう。
 
妖魔ってやっぱり小説とかで出てくるような妖怪みたいな姿なのかなと思いを巡らせていると、不意に汐燕が声をかけてきた。
 
 
 
「ほら、着いたみたいだぞ」
 
 
 
 
 
汐燕の声に前に視線を戻すと、そこには大きな城の門がどーんとひかるたちを出迎えていた。
 
 
 
**********
 
 
 
城内に高い悲鳴が響き渡る。
 
 
 
 
ひかるは走っていた。
これでもかってほど全力疾走していた。
息の切れる呼吸に内心もっと体力つけとけばよかったと小さく思いながら・・・−−−。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひかるは叢柴や汐燕たちと共に大きな門を潜り城内へと入っていった。
そこには多くの人々が地に膝をつけ、こちらに頭を下げて出迎えていた。
そのあまりの見慣れぬ光景に思わず驚いて固まるひかるをよそに、叢柴は馬から下りると汐燕に下ろしてもらっている彼女に近づき、そのまま腕を取って城内へと引っ張っていった。
 
 
(いや、痛いですから。そんなに引っ張らなくてもちゃんとついて行きますから!だから放して、とにかく放して、さっさと放せってんだコノヤロウっ!!)
 
 
と心の中で叫びながらも決して口には出さなかった。
言葉にした途端、あの鋭い目がこちらを睨み殺さんばかりに睨んでくるだろうと分かっていたから・・・。
 
 
兎にも角にも、ひかるは一つの部屋に通されやっと腕を放してもらった。
手首を見れば予想通り赤く腫れていて眉を潜める。
そういえばついこの前も同じようなことがあったような気がして思案してみるも、いきなり鋭い頭痛が襲ってきたので慌てて考えるのをやめた。
 
しかし今まで何かを考えて頭が痛くなったことなど一度もなかったのに。
 
 
(あっ、普段から頭使ってないだろうって思っただろう、自分!失礼だぞ!!)
 
 
と、またもや心の中の自分に突っ込んだりしていると不意に多くの女性が部屋に入ってきて何事だろうとそちらを振り返った。
気がついてみればここまで腕を掴んでつれてきたはずの叢柴はおらず、何故か嫌な予感が大いに感じられる。
内心冷や汗だらだらなひかるに団体さんの中から四十代くらいの女の人が前に進み出てきてこっちをじっと見てきた。
そのまま皆揃って跪いてくる。
 
 
(え〜〜〜、何で皆私なんかに跪いちゃってるの〜〜っ?!やめてやめて、私こういうの好きじゃないんだからっっ!!)
 
 
「あ、あの・・・」
 
何がなにやら全く分からずとりあえず声をかけてみるも何と言えばいいのか分からない。
っていうか、私が声をかけた瞬間に全員でこっちを見ないで下さいよ。
怖いじゃないですか!
それに目が何故か怖いくらいに真剣に見えるのですが・・・(汗)
 
 
 
「あ、あの・・・何か・・・・・・?」
「若様より貴女様の身支度をお手伝いするよう仰せつかりました」
「え、あの・・・」
「さぁ、全て我々に任せて!」
 
「いや、あの・・・ええええぇぇぇぇえぇぇえええええーーーーー!!!!!!
 
 
 
 
 
彼女たちが胸を張って取り出した服を見てひかるは思わず思考停止し、気付いた時には部屋を飛び出して全力疾走していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
何故私はこんな状況になっているんだろう・・・?
走りすぎて足は痛いし胸を苦しいし、正直なんでこんなに必死に逃げてんの?と聞きたくなるけど、今逃げないととんでもないことになることだけは分かってる。
っていうか何よ、あの服!
あんなもの恥ずかしくて着れるわけないじゃん!!
とにかく逃げるのよ、ひかる。
じゃないと本当にとんでもないことになるっ!!
 
 
 
「ふみっ!!?」
 
 
死に物狂いで走りながら角を曲がったその時、顔面に強く何かが当たって変な声が出た。
その反動で後ろに倒れそうになるが、何かが背中を支えてくれたため何とか踏みとどまる。
しかし逆に顔面にぶち当たったものに再び顔を押し付ける羽目になり、おかげで少し息が苦しい。
それでいてその瞬間、顔にあたっているものが布の感触だと分かり、ひかるは嫌な予感がして恐る恐る顔を離して上を見上げてみた。
そこにあったものとは・・・−−−
 
 
 
 
「お前・・・いったい何をしている」
 
「ひかる、大丈夫か〜?」
 
 
 
嫌な予感的中っ!!
 
ひかるの目の前にいたのは眉間に皺を寄せた叢柴&口では心配しているものの面白そうに笑っている汐燕。
ちなみに彼女がぶつかったのもその身体を支えてくれたのも叢柴だったりする・・・。
 
 
ああ神様、貴方は私が憎いのですか。
どうしてよりにもよって(汐燕さんはともかく)叢柴さんに会うのよ〜〜(大泣)
 
 
 
 
 
「そろそろ良いかと思って迎えに行ってみれば・・・いったいお前は何をしている。着替えてもおらぬではないか」
「だ、だって聞いて下さいよ!あの服はいけませんって!あれは着られませんって!!」
 
「まぁ神子様、こんなところにいらしたのですね!!」
 
「げっ!」
 
 
叢柴に必死に訴えるも虚しく、女官たちがひかるたちの声に気付いて来てしまった。
まずいと逃げようとするも叢柴に腕を掴まれて逃げられない。
 
 
「いや〜、放して〜!お願いですから見逃して下さい〜〜っ!!」
「若様、ありがとうございます。助かりましたわ。さぁ神子様、行きますわよ!」
「いや〜、は〜な〜し〜て〜!汐燕さん、助けて下さい!!」
「いや、まぁ〜・・・頑張れよ」
「いや〜〜〜〜〜!!!!!!」
 
 
二人から助けの手が差し伸ばされることもなく、これまで頑張って走った努力虚しくも女官たちに強制的に連行されていく。
 
 
 
おのれ叢柴さんに汐燕さん。
この恨み、いつかはらしてやるからなー!

 

 

 

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